・・・ そしたら俄かにそこに、つやつやした黒い髪の六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣りには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹かれているけ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・堀田は赤い毛糸のジャケツを着ているんだ。物を言う口付きが覚束なくて眼はどこを見ているかはっきりしないで黒くてうるんでいる。今はそれがうしろの横でちらっと光る。そこの松林の中から黒い畑が一枚出てきます。(ああ畑も入ります入ります。遊園・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・汽車がカーブにかかるまで赤いジャケツが見えました。 昨夜は何時に眠ったとお思いになりますか? 六時半よ。そしてけさ、六時半。納豆、野菜など、なかなか美味です。きょうテーブルをこしらえて貰います。 十月十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・あなたのジャケツは私の唯一の避難用下着だから、私ので送れるのを工面致しましょう。これで誘われて、世田谷の子供達にも毛糸をやろうと思いつきました。和服で育っていても調法だから。そちらへも広島から隆治さんの葉書はきましたか。こちらへ一昨日もらい・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ さかんな拍手に迎えられて演壇へ出てきたのは二十二三の緑色ジャケツと純白なカラーのコムソモールカだ。が、然しこれは又なんと高速度演説! ちらりちらり上眼で聴衆を見ながら一分間息もつかぬ女声の速射砲。農婦と工場労働婦人の結合のため、我々コ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・私は、六つばかりの赤いジャケツを着た女の子をつれた男が、本気な好奇心を動かされた表情でいろいろと満鉄のことを訊きたがっている様子に、注意をひかれた。水道局か何かに勤め、目下のところ月給はとっているが、決して現在の境遇に安心してはいられない。・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・そして、忽ちゴーリキイが負けた金の半額、ジャケツ、長靴などをかえして云った。「遊びだよ、これは遊びだよ。楽しみだよ。それだのにお前はまるで喧嘩腰で来る。喧嘩だってやたらむきになったんじゃ駄目だ。一度しくじってもいい。五度しくじってもいい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 小さい門、リラの茂、薄黄色模様の絹の布団、ジャケツ、黄色のクッションにもたれて欧州婦人のジェスチュアをする五十五歳の光子クーデンホフ夫人。 宮本百合子 「無題(八)」
・・・それらの少女達はジャケツにお下げぐらいの簡単な服装をして居りますから体のこなしが如何にも自由自在で、軽やかです。そして心からニコニコしているらしく、頬にも瞳にも愛嬌がこぼれております。 この少女達は家庭に居っても割合に我儘に育って居・・・ 宮本百合子 「わたくしの大好きなアメリカの少女」
・・・ * * * 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗のジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉させて、安楽椅子に仰向けに寝たように腰を掛けて・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫