・・・おおむかし、まだ世界の地面は固まって居らず、海は流れて居らず、空気は透きとおって居らず、みんなまざり合って渾沌としていたころ、それでも太陽は毎朝のぼるので、或る朝、ジューノーの侍女の虹の女神アイリスがそれを笑い、太陽どの、太陽どの、毎朝ごく・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ 主人のジュセッポの事を近所ではジューちゃんと呼んでいた。出入りの八百屋が言い出してからみんなジューちゃんというようになったそうである。自分は折々往来で自転車に乗って行くのを見かけた事がある。大きなからだを猫背に曲げて陰気な顔をしていつ・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・この人はジューリングと一緒に気球で成層圏の根元に近づき一時失神しながらも無事に着陸したという経験をもっていて、搭乗気球としての最高のレコードの保持者であった。鉄道幹線から分れた田舎廻りの支線、いわゆるクラインバーンの汽車の呑気なのに驚いたの・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ 私は計らず、死にかかって居るジューの女房の事を思い出して、堪らなくゾッとして来た。 彼女は先妻の妹である。まだ年は若いのだが、彼女の姉が死んでまだ間もなく先の夫と結婚したのだが、神経病で死にそうだと云う。 雷のひどくなる晩、*・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・稲本錠之助弁護人は、フランス大革命当時の哲学者ジョセフ・ジューベールの言葉をひいて弁論した。「一体この事件がランプの光の前で検討されたものならばまだしも、今朝来被告人等の言うことをきいておりますと、ランプの光にも行かない。螢の光ぐらい。私は・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・小さい火取はなおブンブンガスのまわりをとびまわるなんぼたっしゃな火取でもよっぴてとんではいられない羽根をやすみょとて床の上ジューたんの上におっこったするといきなり骨ばったでっかい指がニュッと出で体を宙にも・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫