・・・ 二郎さんは スピードを だして はしりました。シャツの そでが 風に ふくらんで、かみのけが ふわふわしました。「メロンを もって きた!」と、ふたりが さけびました。すずしい 木の 下で、太郎さんは、クレヨンで うしの えを・・・ 小川未明 「つめたい メロン」
・・・超自然的スピードをもって白刃と人形とが場面に入り乱れて旋渦のごとく回転する。すると、過去何百年来歌舞伎や講談やの因襲的教条によって確保されて来た立ち回りというものに対する一般観客の内部に自然に進行するところのリズムがまさしくスクリーンの上に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・いかにも十分十句のスピードの余勢を示した句で当時も笑ったが今思い出してもおかしくおもしろい。しかしこんな句にもどこか先生の頭の働き方の特徴を示すようなものがあるのである。たぶんやはりその時の句に、「たくだ呼んでつくばい据えぬ梅の花」というの・・・ 寺田寅彦 「思い出草」
・・・国民自身も今のようなスピード時代では到底百年後の子孫の安否まで考える暇がなさそうである。しかしそのいわゆる「百年後」の期限が「いつからの百年」であるか、事によるともう三年二年一年あるいは数日数時間の後にその「百年目」が迫っていないとはだれが・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 自動車はスピードをもって山へ山へと疾走した。たった一本広いドライヴ・ウェイが貫いている左右の眺めは、大戦が終って幾星霜を経て猶そのままな傷だらけの地べたである。一本の立木さえ生きのこっていることが出来なかった当時の有様を髣髴として、砲・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・だけれども、その半面には、進歩が常にその後にひっぱっている過去からの尻尾というものもあって、その尻尾は、電気力の利用という風なものの発達のスピードに合わせてはよりテンポののろい進みかた、変化のしようで私たちをとり囲む常識のなかにかくされてい・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 公私逆立った既成政党の腐敗が、忽ち、婦人参政の新しい地域まで悪質な性病のような急スピードで蔓延しつつある。戦争犯罪によって頭株をとられた進歩党が、築地の待合に共産党をのぞく各派の主だつ婦人たちをよんで、出席した者に、進歩党内の重要なポ・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・、文学的分野で全く特殊な場所となって来た有様についてくどい説明は今日必要ないが、作家が大衆の日常生活とはなれ所謂文壇内の存在化して来る程度とその速度とは、畢竟するに、日本の現代文化の深刻な分裂の程度とスピードとを語るものであった。 文学・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・ ○のいる家から町の駅までは僅か数丁の距離しかないので、丁度その扇形の見晴らしを通過する頃どの汽車もスピードをおとした。過ぎて行く貨車の一つ一つ、客車の窓の一つ一つが見える。どの時間に通る列車でも客車は一杯だが、不思議なことに、満員・・・ 宮本百合子 「無題(十二)」
現代ヨーロッパ文学には、ラジオや飛行機が様々の形でとりいれられ、スピードや空間の征服やそれによる人間の心理の複雑化などが語られている。 日本でもラジオは文学に反映しているが、最近東朝が紙面の品位を害するという理由で掲載・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
出典:青空文庫