・・・ 川岸を埋めた雪に、兎か何か獣の小さい足跡がズーとついている。川水は凍りかけである。 風景は、モスクワを出た当座の豊饒な黒土地方、中部シベリアの密林でおおわれた壮厳な森林帯の景色とまるで違い、寂しい極東の辺土の美しさだ。うちつづく山・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 私はそこに立ちすくんだようになって、そのたるんだ皮膚や、考のないことを明らさまに表して居る眼、口元などを一わたりズーと見つめた後今までの事をズーと考えて見た。私はあの女の無邪気にハキハキとして居て男気が有り、わり合に考も有って男の手管・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・ ところどころ崩れ落ちて、水に浸っている堤の後からは、ズーとなだらかな丘陵が彼方の山並みまで続いて、ちょうど指で摘み上げたような低い山々の上には、見事な吾妻富士の一帯が他に抽でて聳えている。 色彩に乏しい北国の天地に、今雪解にかかっ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫