・・・ 季節が秋に入っていたので、夜の散歩には、どうかするとセルに袷羽織を引っかけて出るほどで、道太はお客用の褞袍を借りて着たりしていたが、その日はやはり帷子でも汗をかくくらいであった。 その前々晩に、遠所にいるお芳から電話がかかってきて・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・三十年を経て今日銀座のカッフェーに出没する無頼漢を見るに洋服にあらざればセルの袴を穿ち、中には自ら文学者と称していつも小脇に数巻の雑誌数葉の新聞紙を抱えているものもある。其の言語を聞くに多くは田舎の訛りがある。 ここに最奇怪の念に堪えな・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・子規はセル、余はフランネルの制服を着て得意に人通りの多い所を歩行いた事を記憶している。その時子規はどこからか夏蜜柑を買うて来て、これを一つ食えと云って余に渡した。余は夏蜜柑の皮を剥いて、一房ごとに裂いては噛み、裂いては噛んで、あてどもなくさ・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・ 小商人風の小柄な父親はセルの前をパッとひろげ襦袢を見せて椅子の端にかけ、肩を張って云っている。卑屈なりに今日は精一杯の抗議感を、その切口上のうちに表現しようと力をこめているのが私にまで感じられるのであった。 主任はいろいろきいてい・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 今日セルとメリンス襦袢がつきました。庭の青桐や紅葉が黄葉の最中で中々きれいです。去年の秋はこんなにゆっくり秋色をながめる心のいとまがなかったけれども、今年は東の窓や西の窓をあけ、さては北側の動坂方面を眺めたりして、動坂の家に屋根をおお・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・封印がしてあって、靴、書類カバン、セル下着類が出ました。中に裏だけの着物が一枚あり。表をはがして着ていらしったのであろうと理解しました。失われた時計については光井叔父上がたのんだ人からいろいろ手続中の模様ですが、役所ではその品物について一々・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 暖かい十月の六日で、セルで汗ばむ天気であった。弁当の包を片手に下げ、家のわきから左に入ると、男の子供が何人もかたまって遊んでいる小さい農家の前庭へ入った。その前庭から斜めに苔のついた石段が見えている。「この道をゆくと公会堂へでます・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・ 詮吉は軽そうなセルに着換え、ステッキを下げて出て来た。「この位風があれば殺生石も大丈夫だろう。一つ見て来よう」「お総さん、見ずじまいになっちゃうわ」「いいさ、我まま云って来ないんだもの、来たけりゃ一人で来ればいい」・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ピオニェール、コムソモールとしてソヴェト社会生活のうちに育ち、ラブ・セル・コル活動をとおして、文章というものをかきはじめ、やがて一つの物語を綴るようにもなり、正規の文学活動家となった人々である。ソヴェト同盟の社会的達成そのものとして現れ、最・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ ○下手な絵を描いて居た女、二十七八、メリンスの帯、鼻ぬけのような声 ○可愛いセルの着物、エプロン、黄色いちりめんの兵児帯の五つばかりの娘、年とった父親がつれて来て、茶店にやすみ、ゆっくりしてゆく。かえりに、白鬚のところで見ると、こ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫