・・・三、それから、君の手紙はいくぶんセンチではなかったか。というのは、よみながら、僕は涙が出るところだったからだ。それを僕のセンチに帰するのは好くない。ぼくは、恋文を貰った小娘のように顔をあからめていた。四、これが君の手紙への返事だったら破いて・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は、たいへんおセンチなのかも知れない。死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。 けれども船室の隅に、死んだ振りして寝ころんで、私はつくづく後悔していた。何しに佐渡へ行くのだろう。何をすき好んで、こんな寒い季節に、・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・低く小さい、鼻よりも、上唇一、二センチ高く腫れあがり、別段、お岩様を気にかけず、昨夜と同じに熟睡うまそう、寝顔つくづく見れば、まごうかたなき善人、ひるやかましき、これも仏性の愚妻の一人であった。 山上通信太宰治 ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・「それじゃ、そんな、おセンチな正義感は、よしたまえ。いいかい。憐憫と愛情とは、ちがうものだ。理解と愛情とは、ちがうものだ。」言いながら、身なりを調い、いつもの、ちょっと気取った歴史的さんにかえって、「さあ、帰ろう。君は、君の好ききらいに・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・一本の長さ八.五センチとして、それだけの朝日を縦につなぐと二四八二〇メートル、ざっと六里で思った程でもない。煙の容積にしたらどのくらいになるか。仮りに巻煙草一センチで一リートルの濃い煙を作るとする、そうして一本につき三センチだけ煙にするとし・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 厚さ一センチ程度で長さ二十センチもある扁平な板切れのような、たとえば松樹の皮の鱗片の大きいのといったような相貌をした岩片も散在している。このままの形で降ったものか、それとも大きな岩塊の表層が剥脱したものか、どうか、これだけでは判断しに・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・鶯横町は右下半に曲線を描いて子規庵は長さ一センチくらいのいびつな長方形でしるされてある。図の左半は比較的込み入っていて、不折邸附近の行きづまり横町が克明に描かれ「不折」「浅井」両家の位置が記入されている。面白いことは横町の入口の両脇の角に「・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・それを眼の高さに三十センチの処まで持って来て、さて器用な手つきをしてぱらぱらと数えて見せた。自分達は半ば羨ましく半ば感心してそれを眺めたことであった。食堂のガラス窓越しに見える水辺の芝生に大名行列の一団が弁当をつかっているのが見える。揃いの・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・吐いてみたら黒い血が泥だらけの床の上に直径十センチくらいの円形を染めた。引続いて吐いたのはやや赤い中に何だか白いものの交じったので、前のの側に不規則な形をして二倍くらいの面積を染めた。浅利君が水を持って来たから医者を呼んでくれと頼んだ。吐い・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・ホウ、一センチ七ばかりですね。二センチもないじゃないか。御満悦の態である。私も勿論大変うれしい。切ったとき傷は六センチぐらいあったのが、そんなに小さくちぢんだ。癒せるものなら人間の体へは出来るだけ小さく傷をつけるというのが、木村先生のモット・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
出典:青空文庫