・・・私の頭は大きいから、灰色のソフト帽は、ちょこんと頭に乗っかって悲惨である。背広は、無地の紺、ネクタイは黒、ま、普通の服装であろう。私は、あたふた上野駅にいそぐ。土産は、買わないことにしよう。姪、甥、いとこたち、たくさんいるのであるが、みんな・・・ 太宰治 「花燭」
・・・車掌は背広のひどく背の高い若い男で、灰色っぽいソフト帽をかぶっている。これにも、さっきむこうへ行ったのにも白い警官が顎紐をおろしてのりこんでいるのであった。「――東京駅まで……二枚でしょう?」 黒い書類入れを側において、年とった男が・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・或る早朝、ひろ子がたった一人そのベッドに寝ていた二階の屏風越しに、ソフト帽の頭がのぞいた。それは、ひろ子をつれてゆくために、風呂場の戸をこじあけて侵入した特高の男であった。 風知草の鉢は、ひろ子が友人にゆずって出たその家の物干で、すっか・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・小さな荷物を赤帽に持たせて、改札口へ歩いて行くと、人混みの中からツバのヒラヒラしたソフト帽をかぶった若い男が現れた。そして愛嬌のいい顔をして、英語で「ホテルはどちらへお泊りですか」と声をかけた。 わたしは、ソラ出たと思った。何故なら、ポ・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
出典:青空文庫