・・・しかもこの老教師は退屈まぎれに口笛を吹き吹き、一人ダンスを試みている。保吉はちょいと苦笑したまま、洗面台の前へ手を洗いに行った。その時ふと鏡を見ると、驚いたことにタウンゼンド氏はいつのまにか美少年に変り、保吉自身は腰の曲った白頭の老人に変っ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
亜米利加の排日案通過が反動団体のヤッキ運動となって、その傍杖が帝国ホテルのダンス場の剣舞隊闖入となった。ダンスに夢中になってる善男善女が刃引の鈍刀に脅かされて、ホテルのダンス場は一時暫らく閉鎖された。今では余熱が冷めてホテルのダンス場・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・先生のところへいって、教わっているおもしろい唄をいい声でうたいながら、ダンスのまねをします。そこへ坊ちゃんが入ってくると、おっかけまわったりして、へやのうちを騒ぎます。しかし、じきに二人は、仲よくなって、暖炉の前に腰をかけて、チョコレートや・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・社交ダンスよりも一石二鳥。初段、黒帯をしめ、もう殺される心配のない夜の道をガニ股で歩き、誰か手ごめにしてくれないかしら。スリルはあった。 ある夜、寂しい道。もしもし。男だ。一緒に歩きませんか。ええ。胸がドキドキした。立ち停る。男の手が肩・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・まア、一種のデカダンスですね。あんた達はとにかく思想に情熱を持っていたが、僕ら現在二十代のジェネレーションにはもう情熱がない。僕はほら地名や職業の名や数字を夥しく作品の中にばらまくでしょう。これはね、曖眛な思想や信ずるに足りない体系に代るも・・・ 織田作之助 「世相」
・・・速記者があっけに取られていると、二人は起ち上って、ダンスをはじめた。ダンスがすむと、また文学論に移ったということである。十日ほどして同じ雑誌でT・Mという福井に疎開している詩人をよんで、また座談会をした。T・Iが司会、酒……。やはりT・Mは・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・欲しいと思ったものは誰が何と言おうと、手に入れなければ承知せず、五つの時近所の、お仙という娘に、茶ダンスの上の犬の置物を無心して断られると、ある日わざとお仙の留守中遊びに行って盗んで帰った。 早生れの安子は七つで小学校に入ったが、安子は・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・漆喰の土間の隅には古ぼけたビクターの蓄音器が据えてあって、磨り滅ったダンスレコードが暑苦しく鳴っていた。「元来僕はね、一度友達に図星を指されたことがあるんだが、放浪、家をなさないという質に生まれついているらしいんです。その友達というのは・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・、背広で行くダンス・ホール、ピクニック、――そうした場所で女友を拾い、女性の香気を僅かにすすって、深入りしようとも、結婚しようともせず、春の日を浮き浮きとスマートに過ごそうとするような青年学生、これは最もたのもしからぬ風景である。彼らが浮き・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・「振い寄ると解釈すりゃ、ダンスでもする奴かな。」 七 少佐は、松木にとって、笑ってすませる競争者ではなかった。 二人が玄関から這入って行った、丁度その時、少佐は勝手口から出て来た。彼は不機嫌に怒って、ぷりぷりしていた・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫