・・・とぴたりと帯に手を当てると、帯しめの金金具が、指の中でパチリと鳴る。 先刻から、ぞくぞくして、ちりけ元は水のような老番頭、思いの外、女客の恐れぬを見て、この分なら、お次へ四天王にも及ぶまいと、「ええ、さようならばお静に。」「ああ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 羽目も天井も乾いて燥いで、煤の引火奴に礫が飛ぶと、そのままチリチリと火の粉になって燃出しそうな物騒さ。下町、山の手、昼夜の火沙汰で、時の鐘ほどジャンジャンと打つける、そこもかしこも、放火だ放火だ、と取り騒いで、夜廻りの拍子木が、枕に響・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・りと冷たい魂がさまよう姿で、耄碌頭布の皺から、押立てた古服の襟許から、汚れた襟巻の襞ひだの中から、朦朧と顕れて、揺れる火影に入乱れる処を、ブンブンと唸って来て、大路の電車が風を立てつつ、颯と引攫って、チリチリと紫に光って消える。 とどの・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……こんな時鉄砲は強うございますよ、ガチリ、実弾をこめました。……旧主人の後室様がお跣足でございますから、石松も素跣足。街道を突っ切って韮、辣薤、葱畑を、さっさっと、化けものを見届けるのじゃ、静かにということで、婆が出て来ました納戸口から入・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・宵に脱ぎ捨てた浴衣をまた着て、机の前に坐り直した拍子に部屋のなかへ迷い込んで来た虫を、夏の虫かと思って団扇ではたくと、チリチリとあわれな鳴き声のまま息絶えて、秋の虫であった。遠くの家で赤ん坊が泣きだした、なかなか泣きやまない。その家の人びと・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ さすがの佐伯もそんな部屋にいてはますます病気を悪くするばかりだとチリチリ焦躁を感じていたらしかったが、ほかのアパートや部屋へ移ろうとしない。その気になれないのだ。ほんのちょっとした弾みがつかないのである。得体の知れぬ部屋の悪臭をかぎな・・・ 織田作之助 「道」
・・・「どちらかと言えば丸顔の色のくっきり白い、肩つきの按排は西洋婦人のように肉附が佳くってしかもなだらかで、眼は少し眠むいような風の、パチリとはしないが物思に沈んでるという気味があるこの眼に愛嬌を含めて凝然と睇視られるなら大概の鉄腸漢も軟化・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・そして、カッチリ纒りすぎる位いまとまっている。常に原始的な切ったり、はったり、殺し合いをやったりする、ロマンティックなことばかりを書いている。どんなことでも、かまわずにさっさと書いて行く、冷たい態度が僕はすきだった。燐光を放っている。短篇を・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・竿は二本継の、普通の上物でしたが、継手の元際がミチリと小さな音がして、そして糸は敢えなく断れてしまいました。魚が来てカカリへ啣え込んだのか、大芥が持って行ったのか、もとより見ぬ物の正体は分りませんが、吉はまた一つ此処で黒星がついて、しかも竿・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・それから財布のなかを調べて懐に入れ、チリ紙とタオルを枕もとに置いた。そういう動作をしているお前の妹の顔は、お前が笑うような形容詞を使うことになるが、紙のように蒼白だった。しかし、それは本当にしっかりした、もの確かな動作だったよ。特高が入って・・・ 小林多喜二 「母たち」
出典:青空文庫