・・・自動車呼びとめて、それに乗ってドアをばたんと閉じ、一目散に逃げ去りたい気持なのである。犬同士の組打ちで終るべきものなら、まだしも、もし敵の犬が血迷って、ポチの主人の私に飛びかかってくるようなことがあったら、どうする。ないとは言わせぬ。血に飢・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・雑巾を捨てて、立ち上り、素早く廊下の障子と、ヴェランダに通ずるドアと、それから部屋の襖も、みんな、ピタピタしめてしまった。しめて、しまってから、二人どぎまぎした。へんなことになった。笠井さんは、自惚れたわけでは無い。いや、自惚れるだけのこと・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 節子は、ドアの外に立ったまま、「風間さん、私たちをお助け下さい。」あさましいまでに、祈りの表情になっていた。 風間は興覚めた。よそうと思った。 さらに一人。杉浦透馬。これは勝治にとって、最も苦手の友人だった。けれども、どう・・・ 太宰治 「花火」
・・・階段を上りつめてドアの前に少時佇む。その影法師が大きく映る、という場面が全篇の最頂点になるのであるが、この場面だけはせめてもう一級だけ上わ手の俳優にやらせたらといささか遺憾に思われたのであった。 テニス競技の場面の挿入は、物語としては主・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ ボーイがけさ部屋をいくらたたいても返事がないから合いかぎでドアを明けてはいってみると、もうすでに息が絶えているらしいので、急いで警察に知らせると同時に大学の自分のところへ電話をかけたということである。 ベッドの上に掛け回したまっ白・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
東京××大学医学部附属病院、整形外科病室第N号室。薄暗い廊下のドアを開けて、室へはいると世の中が明るい。南向きの高い四つの窓から、東京の空の光がいっぱいに流れ込む。やや煤けた白い壁。婦人雑誌の巻頭挿画らしい色刷の絵が一枚貼・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・おしまいにある部屋のドアを押しあけてのぞくと、そこにはおおぜいの若い人たちが集まって渦巻く煙草の煙の中でラジオの放送を聞いているところであった。それはなんの放送だか彼にはわからなかった。ただ拡声器からガヤガヤという騒音が流れだしている中に交・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・ 深谷が静かにドアを開けて出て行った。 ――奴は恋人でもできたのだろうか?―― 安岡は考えた。けれども深谷は決して女のことなど考えたり、まして恋などするほど成熟しているようには見えなかった。むしろ彼は発育の不十分な、病身で内気で・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ 二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口へかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫がかった電燈が、一つ点いているばかり、誰も居ませんでした。そこら中を見ても、駅長や赤帽らしい人の、影もなかったのです。 二人は、停車場の・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・つかまえてドアから飛ばしてやろうとゴーシュが手を出しましたらいきなりかっこうは眼をひらいて飛びのきました。そしてまたガラスへ飛びつきそうにするのです。ゴーシュは思わず足を上げて窓をばっとけりました。ガラスは二三枚物すごい音して砕け窓はわくの・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
出典:青空文庫