・・・入れ忘れたままナフタリン臭くなってね」「そうだ。そう言われてみると、はいってるかも知れんね」 と、済ました顔で、「――以前は、財布を忘れて外出して弱ったものだが、しかし、喫茶店なんかのカウンターであっちこっちポケットを探っている・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・少しナフタリン臭くなっているかも知れませんけど、ね、」と私のほうに向き直って言って、「うちのひとには、もう、なんにも要らないのです。モオニングが、こんな晴れの日にお役に立ったら、うちのひとだって、よろこぶ事でございましょう。ゆるして下さるそ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・十八になって、向島の待合の下女をつとめ、そこの常客である新派の爺さん役者をだまそうとして、かえってだまされ、恥ずかしさのあまり、ナフタリンを食べて、死んだふりをして見せた。待合から、ひまを出されて、五年ぶりで生家へ帰った。生家では、三年まえ・・・ 太宰治 「古典風」
出典:青空文庫