・・・パートを転々と変えたりして来たためか、天涯孤独の身が放浪に馴染み易く、毎夜の大阪の盛り場歩きもふと放浪者じみていたので、自然心斎橋筋や道頓堀界隈へ出掛けても、絢爛たる鈴蘭燈やシャンデリヤの灯や、華かなネオンの灯が眩しく輝いている表通りよりも・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そして、代替りゆえ、思い切って店の内外を改装し、ネオンもつけて、派手に開店しなはれ、金はいくらでも出すと、随分乗気になってくれた。 名前は相変らずの「蝶柳」の上にサロンをつけて「サロン蝶柳」とし、蓄音器は新内、端唄など粋向きなのを掛け、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・東京に出てみると、ネオンの森である。曰く、フネノフネ。曰く、クロネコ。曰く、美人座。何が何やら、あの頃の銀座、新宿のまあ賑い。絶望の乱舞である。遊ばなければ損だとばかりに眼つきをかえて酒をくらっている。つづいて満洲事変。五・一五だの、二・二・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・その夜、花の都、ネオンの森とやらの、その樹樹のまわりを、くぐり抜け、すり抜け、むなしくぐるぐる駈けずりまわった。使えないのだ。どうしても、そのお金を使えないのだ。奴婢の愛。女中部屋の縁のない赤ちゃけた畳、びんつけ油のにおい、竹の行李の底から・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ ネオンサインもあっちこっちとむやみにふえるが、このほうは建築とちがって一夜にでもわずかな費用で取り付けられる。そのかわりにまたわずかに数分間でもはげしい降雹があれば半分通りはみごとにたたきこわされるであろう。考えてみるとネオン燈がはや・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・提燈とネオン燈とが衝突することになる。それが騒動のもとになるのである。 こういう騒動をなくするにはあらゆる交通機関をなくしてしまうか、ただしはこれらの機関を万遍なく発達させるか、どちらかによる外はない。 精神的交通機関についてもやは・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・それにちりばめた宝石のように白熱燈や紅青紫のネオン燈がともり始める。 白木屋で七階食堂の西向きの窓から大手町のほうをながめた朝の景色も珍しい。水平に一線を画した高架線路の上を省線電車が走り、時に機関車がまっ白な蒸気を吐いて通る。それと直・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼が、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子の盤に載って星のようにゆっくり循ったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ ふだん街の面をぎらつかせているネオンライトや装飾燈が無く、中天から月の明りを受けて水の底に沈んだような街筋を行くと、思いもかけない家と家との庇合いから黒く物干が聳えて見えたり、いつもとは違う生活の印象的な風景である。とある坂の途中に近・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・けれども、わたし達がこんにち生きる心の底には、色さまざまのネオンがいろんな角度から空に反射しているような女の世相を見るだけでは満足しない何かの思いが貫いているのではないでしょうか。 いろんな思いをし、いろんな目にあって生きてゆく。人間の・・・ 宮本百合子 「私の書きたい女性」
出典:青空文庫