・・・この紀元節に新調した十八円五十銭のシルク・ハットさえとうにもう彼の手を離れている。……… 保吉は人のこみ合ったプラットフォオムを歩きながら、光沢の美しいシルク・ハットをありありと目の前に髣髴した。シルク・ハットは円筒の胴に土蔵の窓明りを・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ ウンとふとってとび出た腹に金ぐさりをまきつけて、シルク・ハットをかぶったブルジョア。 青い陰険な顔をした法王。黒い長衣着て黒長靴と云ういでたちの富農、それら三つの頭の上に、どえらいハンマーを握った労働者の手と、カマを持った農民の手・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ 何故なら、ソヴェト同盟で諷刺的に様式化されたブルジョアジーは、いつでも燕尾服にシルク・ハットで、太い金鎖りをデブ腹の上にたらし、小指にダイアモンドをキラつかして、葉巻をふかしている。 しかし実際に、どんな場合でも、ブルジョアジーは・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷刺人形をつり上げ、ステッキをついた外国の散歩者の目をみはらせればよい。――ところで、 一寸、――こ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 石・本・樹木其他は“are all objects. All things that we can see are objects. The chair, the hat, the book etc., were made by man.・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・ 私憎らしくって仕様がないわ。と云うと、思いがけず私の延して居た腕に飛び上る程の痛みを感じた。 ハット思った心が鎮まると漸う私は彼に抓られたのだと云う事が分った。 私の云った事が此れ程の報酬を受けなければならない程大変悪・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 私はハット思った。 さてこそ、到頭入ったな? 頬かぶりで、出刃を手拭いで包んだ男が、頭の中を忍び足で通り過ぎた。 私は大いそぎで、まだカーテンが閉って居る寝室の戸を、ガタガタ叩きながら、「お母様! お母様! 早くお・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫