・・・ お昼すぎ、飯盒で炊いた飯を食い、コック上りの吉田が豚肉でこしらえてよこしたハムを罐切りナイフで切って食った。浜田は、そのあまりを、新しい手拭いに包んで、××兵にむかって投げてやった。「そら、うめえものをやるぞ!」と、彼は支那語で叫・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・それでハムやベーコンは誰れが食うと思う。みんな将校が占領するんだ。――俺達はその悪い役目さ。」 吉原は暖炉のそばでほざいていた。 飼主が――それはシベリア土着の百姓だった――徴発されて行く家畜を見て、胸をかき切らぬばかりに苦るしむ有・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・お皿ひとつひとつに、それぞれ、ハムや卵や、パセリや、キャベツ、ほうれんそう、お台所に残って在るもの一切合切、いろとりどりに、美しく配合させて、手際よく並べて出すのであって、手数は要らず、経済だし、ちっとも、おいしくはないけれども、でも食卓は・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ここに、パンが二つと、ハムが一つあるからね、途中でおなかがすいたら、食べるがいいや。何を愚図愚図しているんだね。」 王子は、あまりの嬉しさに思わず飛び上りました。ラプンツェルは母さんのように落ちついて、「ああ、この毛の長靴をおはき。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それにミーロはハムを拵えれるからな。みんなでやるんだよ。」「姉さんは?」「姉さんも工場へ来るよ。」「そうかねえ。」「さあ行こう、今夜も確か来ているから。」 わたくしは俄かに疲れを忘れて立ちあがりました。「じゃ行こう。・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・その沢山の物売りが独特な発声法で、ハムやコーヒー牛乳という混成物を売り廻る後に立って、赤帽は、晴やかな太陽に赤い帽子を燦めかせたまま、まるで列車の発着に関係ない見物人の一人のように、狭い窓から行われる食物の取引を眺めている。両手を丸めた背中・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・窓が晴れやかに開いて、その窓際に台があって、薄い色の髪の毛がすきとおるような工合に光線を受け一人の背広をきた中老人がハムを刻んでいる。わきに小鍋と玉子が二つころがっていた。 むき出しの頑丈そうな腕を大きい胸の上に組んで、白い布をかぶった・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・腸詰やハムなどの皿を出す。若いアメリカ人はそれを一瞥したが、フォークを取り上げようともせず、いきなり体じゅうで大きな大きな、涙の滲み出すように大きな伸びをした。「――ああ、ねぶたいです……」 眠たいのはもう馴れているとでもいうように・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 自分は夕方、紙切れを握って塩漬キャベジの匂いのする食糧販売店の減った石段をトン、トン、トンと下りて行った。 紙切れを見ては、あやしい発音でイクラを買った。漬胡瓜を買った。 ハムを買った。 黒田君の買って来た樅の木は小ぢんま・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
出典:青空文庫