・・・ 運転手がハンドルを握った。静寂が破れて轟音が朝を掻き裂いた。運転手も火夫も、鋭い表情になって、機械に吸い込まれてしまった。 ――遊んでちゃ食えないんだ。だから働くんだ。働いて怪我をしても、働けなくなりゃ食えないんだ!―― 私は・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・だんだん上にのぼって行って、とうとうそのすりばちのふちまで行った時、片手でハンドルを持ってハンケチなどを振るんだ。なかなかあれでひどいんだろう。ところが僕等がやるサイクルホールは、あんな小さなもんじゃない。尤も小さい時もあるにはあるよ。お前・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・びっくりしてブドリが窓へかけよって見ますと、いつか大博士は玩具のような小さな飛行船に乗って、じぶんでハンドルをとりながら、もううす青いもやのこめた町の上を、まっすぐに向こうへ飛んでいるのでした。ブドリがいよいよあきれて見ていますと、まもなく・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・仲店の角をつっきるとき私は出会頭、大きな赤い水瓜みたいなものをハンドルに吊下げて動き出した自転車とぶつかりそうになった。破れる、と思わず瞬間ぎょっとしあわてて避けたはずみに見ると、それは水瓜ではなく、子供の遊戯に使う大きな赤革のボールであっ・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 彼等はペンの間に鋤やトラクターのハンドルを、電気モータアのスウイッチを把った。一九一七年――二一年の間に、銃をとってソヴェト権力を守ったその階級的経験から作家となった人々が沢山いるのだ。けれども、プロレタリア作家の階級的任務というもの・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・その地方の男の手不足のひどさが語られているとともに、バスの車掌さんではなく、運転手となった娘さんたちは、どんな一生懸命な責任を負った心持でハンドルにつかまっていることだろう。新らしい仕事でひどく気づかれしながらも、よろこびや誇りは秘かに感じ・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・ 往来所見 ○毛糸の頭巾をかぶった男の子二人、活動の真似をして棒ちぎれを振廻す ○オートバイ 「このハンドルの渋いの気に入らん」 とめたまま爆発の工合を見て居る。 女の言葉の特長・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・坐席がびっくりする程高いオープンで、ギヤー・ブレーキ・ハンドルすべてが露出である。エンジンだけが覆われている。ハンドルは坐席に合わせてまるで低いところについているから、美人は愛嬌よい顔をこちらに向けつつも背中は痛々しい程の前屈みになっている・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・とハンドルを握ったまま力をいれて早口に注意したが、俄車掌がやっとステップに出た時、とうにバスはその危険なところを横切ってしまっている。―― 神田に向う電車通りに出ると、空円タクがふだんの倍ほど通っているきり、平穏である。むこうから一・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・三鷹事件で、ハンドルからとれた指紋が、山本、飯田両氏のものであるかないかは、二三時間もあれば発表できることではないか。〔一九四九年七月〕 宮本百合子 「犯人」
出典:青空文庫