・・・ バスケット一つだけもっている三吉もふりむくと、「こっからお江戸は三百里というからなァ――」 と、母親は、背の妹をゆすりあげていった。三吉の母親たちは、まだ東京のことを江戸といった。「わしが死んでも、たかい旅費つこうてもどっ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・手にはバスケット、足には下駄とな。チャンと此通り前のと同じなんだよ。いや、御無礼」 列車は、食堂車を中に挟んで、二等と三等とに振り分けられていた。 彼は食堂車の次の三等車に入った。都合の良い事には、三等車は、やけに混雑していた。それ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・一人の子は恭しくバスケットから、狼煙玉を持ち出しました。陳氏はそれを受けとってよく調べてから、「よろしい。口火。」と云いました。も一人の子は、もう手に口火を持って待っていました。陳氏はそれを受けとりました。はじめの子は、シュッとマッチを・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 日本ではまさか女ばかりでそんなことも出来ますまいが、罐詰にバタその他必要な程度のものの入った小さなバスケット一つに、折畳みの簡単なベッドに毛布これだけで自分が望む土地への避暑ができるのですから頗る手軽で愉快な方法です。海辺はどうも日本・・・ 宮本百合子 「女学生だけの天幕生活」
・・・A、バスケット、かんづめ包をふりわけにし、自分は袋、水とう、魚カゴを下げ、いそぎブリッジを渡って、彼方できくと、彼方側だと云う。又、今度は時間がないのでかけて元の方に下り、人にきき、元と同じ側に待つ。金沢の兵、電気工夫等一杯、頭をなぐられな・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 藍子は旅行案内を出し、北條線の時間を調べた。木更津に友達が逗留していた。そこへ行く気になったのであった。両国を六時五十分に出る汽車がある。 バスケット一つ下げ、藍子は飯田橋まで出てタクシーに乗った。「間に合うだろうか」「さ・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・○その午後 バスケットに入れて 猫を貰って来た。「幸福なところへ行くんだ」 ところが、逃げ出し いくらまってもかえって来ない。「困ったね」キク「本当に、お話も出来ませんね」 夜仕事をしていると「ハナレ」「一寸お話・・・ 宮本百合子 「無題(九)」
・・・荷物もその陰翳にふさわしくて、たとえば真新しいバスケットを提げていれば、その真新しさに或る悲しさがあるような雰囲気である。そのような上野独特の旅客が山下まで溢れた中には、旧盆に故郷へかえる男女の産業戦士が大部分を占めていることも新聞に報告さ・・・ 宮本百合子 「列のこころ」
・・・ 上野の駅頭に密集した産業戦士たちの盆帰りの写真は、一方でその記事をよんでいる一般の人々の胸に、どんな感想をもって迫っただろうか。バスケットや小鞄、風呂敷づつみを下げ、汗にまびれ、気の揉める心配そうな顔で改札口の方へ首をのばしている群集・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
出典:青空文庫