・・・しかもバタはどう考えても、余りたっぷりはついていない。 ドストエフスキイ ドストエフスキイの小説はあらゆる戯画に充ち満ちている。尤もその又戯画の大半は悪魔をも憂鬱にするに違いない。 フロオベル フロオ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・………東京からバタはとどいているね?」「バタはまだ。とどいているのはソウセェジだけ。」 そのうちに僕等は門の前へ――半開きになった門の前へ来ていた。 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・あたまの皿ア打挫いて、欠片にバタをつけて一口だい。」 丸太棒を抜いて取り、引きそばめて、石段を睨上げたのは言うまでもない。「コワイ」 と、虫の声で、青蚯蚓のような舌をぺろりと出した。怪しい小男は、段を昇切った古杉の幹から、青い嘴・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・寒い風だよ、ちょぼ一風と田越村一番の若衆が、泣声を立てる、大根の煮える、富士おろし、西北風の烈しい夕暮に、いそがしいのと、寒いのに、向うみずに、がたりと、門の戸をしめた勢で、軒に釣った鳥籠をぐゎたり、バタンと撥返した。アッと思うと、中の目白・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 振り向くと、バタ屋――つまり大阪でいう拾い屋らしい男でした。何をしているのだと訊いたその声は老けていましたが、年は私と同じ二十七八でしょうか、痩せてひょろひょろと背が高く、鼻の横には大きくホクロ。そのホクロを見ながら、私は泊るところが・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・へ牛肉の山椒焼や焼うどんや肝とセロリーのバタ焼などを食べに行くたびに、三度のうち一度ぐらいはぶぶ漬を食べて見ようかとふと思うのは、そのぶぶ漬の味がよいというのではなく、しるこ屋でぶぶ漬を売るということや、文楽芝居のようなお櫃に何となく大阪を・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・そのくせ彼は舗道の両側の店の戸が閉まり、ゴミ箱が出され、バタ屋が懐中電燈を持って歩きまわる時刻までずるずると街にいて彷徨をつづけ、そしてぐったりと疲れて乗り込むのは、印で押したようにいつも終電車である。 佐伯が帰って来る頃には、改札口の・・・ 織田作之助 「道」
・・・――赤ん坊は何にも知らずに、くたびれた手足をバタ/\させながら、あーあ、あーあ、あ、あ……あと声を立てゝいた。「うまい乳を一杯のませて、ウンと丈夫に育てゝくれ!……はゝゝゝゝ、首を切られたんじゃうまい乳も出ないか。」 お君は刑務所か・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・ となりの家の中では、バタ/\と周章てゝるらしい。 しめた! 俺はニヤリとした。それは全く天裕だった。――今日は忘れるぞ。 雨戸がせわしく開いて、娘さんが梯子を駈け上がって行く。俺は知らずに息をのんでいた。 畜生! 何んてこ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・そのうちに、何だか、じぶんのもっている、大麦でこしらえたパンとバタを、その女の人にやりたくなって、そっと、岸へ下りていきました。 女は間もなく、髪をすいてしまって、すらすらとこちらへ歩いて来ました。ギンはだまってパンとバタをさし出しまし・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
出典:青空文庫