・・・古今の英雄の詩、美人の歌、聖賢の経典、碩儒の大著、人間の貴い脳漿を迸ばらした十万巻の書冊が一片業火に亡びて焦土となったを知らず顔に、渠等はバッカスの祭りの祝酒に酔うが如くに笑い興じていた。 重役の二三人は新聞記者に包囲されていた。自分に・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・それはほんとうにバッカスの酒宴で、酒は泉とあふれ、肉は林とうずたかく、その間をパンの群れがニンフの群れを追い回すのである。 豪家に生まれた子供が女であったために、ひどく失望した若い者らは、大きな羽子板へ凧のように糸目をつけてかつぎ込んだ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・父は維新前いわゆる御鯨方の支配の下に行われた捕鯨の壮観と、大漁後のバッカスの饗宴とを度々目撃し体験していたので、出発前にその話を飽きるほど聞かされていた。それで非常な期待と憧憬とをもって出かけたのであったが、運悪く漁がなくて浜は淋しいほど静・・・ 寺田寅彦 「初旅」
出典:青空文庫