・・・また三日に一度ぐらいは僕の最初に見かけた河童、――バッグという漁夫も尋ねてきました。河童は我々人間が河童のことを知っているよりもはるかに人間のことを知っています。それは我々人間が河童を捕獲することよりもずっと河童が人間を捕獲することが多いた・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・僕はもちろん妙に思いましたから、「Quax, Bag, quo quel, quan?」と言いました。これは日本語に翻訳すれば、「おい、バッグ、どうしたんだ」ということです。が、バッグは返事をしません。のみならずいきなり立ち上がると、べろり・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 緋縮緬の女は、櫛巻に結って、黒縮緬の紋着の羽織を撫肩にぞろりと着て、痩せた片手を、力のない襟に挿して、そうやって、引上げた褄を圧えるように、膝に置いた手に萌黄色のオペラバッグを大事そうに持っている。もう三十を幾つも越した年紀ごろから思・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・でもあなたのハンド・バッグのなかは豊富で、汽車がひっくりかえったときの内田さんのように、いくらでもとおっしゃるとすれば、マア豪勢みたいなものではないの。 私の方の状態は、先ず大笑一番しなければ、ものも云えないような有様でね。おかしいでし・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・ すっきりとした初夏の服装で、大きめのハンド・バッグを左腕にかけ、婦人兵士の最後の列の閲兵を終ろうとしている王女エリザベスの目の下に、一人の婦人兵士が直立不動で立っていたその地点から足をはなさないまま、失神して仰向けに倒れている。白手袋・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・だけれども、お勤めや何かからお帰りになる途中で、いきなり人が出てきてハンド・バッグを掻っ払おうとした時には、あなた方が慈善深い方でもお渡しになることはないと思います。そのなかにはやってよいものが入っているのではなくて、やって悪いものがそこに・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・ ベルリンで或る洒落た小物屋の店へ入って、むこうにも面白いハンド・バッグの並んだショウ・ケイスがあるからそちらへ行こうとして爪先を向けたら、いきなり鏡にぶつかった時にはほんとにおどろいた。 自動車の運転 日・・・ 宮本百合子 「この初冬」
・・・どうも、ウェーヴした前髪、少くとも銘仙の派手な羽織、彼女の坐っているのはよし古風なコタツであろうとも、座布団のわきにはハンド・バッグがありそうに思われる。――つまりこれは読者のきわめて小ブルジョア的興味によびかけ何枚かの銀貨を釣り出そうとす・・・ 宮本百合子 「ゴルフ・パンツははいていまい」
・・・ 知性は、コンパクトではないから、決して固定した型のものにきまったいくつかの要素がねり合わされていて、誰でもがハンド・バッグに入れていられるという種類のものではない。そのゆたかさにも、規模にも、要素の配合にも実に無限の変化があって、・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・大きい買物というのには服、靴、ハンド・バッグ、帽子その他が入れられるのだが、これらの大きい買物はみんな親に出して貰う。そして、その金額についてはひとしく沈黙が守られている。そういう基本的なところをまかせている生活態度について深く考えるという・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
出典:青空文庫