・・・手が、砂地に引上げてある難破船の、纔かにその形を留めて居る、三十石積と見覚えのある、その舷にかかって、五寸釘をヒヤヒヤと掴んで、また身震をした。下駄はさっきから砂地を駆ける内に、いつの間にか脱いでしまって、跣足である。 何故かは知らぬが・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・心は種々な処へ、これから奥は、御堂の背後、世間の裏へ入る場所なれば、何の卑怯な、相合傘に後れは取らぬ、と肩の聳ゆるまで一人で気競うと、雨も霞んで、ヒヤヒヤと頬に触る。一雫も酔覚の水らしく、ぞくぞくと快く胸が時めく…… が、見透しのどこへ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・酒をのむと気が大きくなり、ふらふらと大金を使ってしまう柳吉の性分を知っていたので、蝶子はヒヤヒヤしたが、売物の酒とあってみれば、柳吉も加減して飲んだ。そういう飲み方も、しかし、蝶子にはまた一つの心配で、いずれはどちらへ廻っても心配は尽きなか・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「是非承わりたいものです」と岡本はウイスキーを一杯、下にも置かないで飲み干した。「僕のは岡本君の説とは恐らく正反対だろうと思うんでね、要之、理想と実際は一致しない、到底一致しない……」「ヒヤヒヤ」と井山が調子を取った。「果し・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「なんです」男が意味のない得意の声をいだした。「戦争の神を彫ってくれろと言うのでしょう」「大ちがい!」「すなわち男爵閣下の御肖像を彫ってくれろと言うのでしょう」「ヒヤヒヤ、それだそれだ、大いに僕の意を得たりだ、中倉さん、・・・ 国木田独歩 「号外」
出典:青空文庫