・・・これらの点をなお多く精密に数えて、そして綜合して一考しまする時は、なるほど馬琴の書いたようなヒーローやヒロインは当時の実社会には居らぬに違い無いが、しかし馬琴の書いたヒーローやヒロインは当時の実社会の人々の胸中に存在して居たもので、決して無・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・まずいかにしてヒーローとヒロインを「紹介」すべきか、全編をいくつの場面に分割すべきか、一つ一つの場面にいかなる造型的視覚的素材を用ゆべきかを考えなければならない。すなわち物語を「モンタージュ画像」の言葉に翻訳しなければならない。この際におけ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・それからまた、この映画の中に描写された土人の骨相や風俗なども実に色々のことを考えさせる。ヒロインの美人ナヴァラナの顔が郷里の田舎で子供の時分に親しかった誰かとそっくりのような気がすることから考えると、日本人の中に流れている血がいくらかはこの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・ この映画の頂点はヒロインが舞台で衣裳をかなぐり捨てブロンドのかつらを叩きつけて煩わしい虚偽の世界から自由な真実の天地に躍り出す場面であって、その前のすべてのストーリーはこの頂点へ導くための設計であるように見える。一九〇九年型の女優が一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・そうしていちばんあとから見えと因襲の靴を踏み脱ぎすてたヒロインが追いかける。兵隊の旗も土人の子もみんな熱砂の波のかなたにかくれて、あとにはただ風の音に交じってかすかにかすかに太鼓とラッパの音が残り、やがてそれも聞こえなくなるのである。 ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・たとえば大写しのヒロインの目の瞳孔の深い深い奥底からヒロイン自身が風船のように浮かび上がって出て来たり、踊り子の集団のまん中から一人ずつ空中に抜け出しては、それが弾丸のように観客のほうへけし飛んで来るようなトリックでも、芸術的価値は別問題と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・もう一つの例は『一代女』の終りに近く、ヒロインの一代の薄暮、多分雨のそぼ降る折柄でもあったろう「おもひ出して観念の窓より覗けば、蓮の葉笠を着たるやうなる子供の面影、腰より下は血に染みて、九十五、六程も立ならび、声のあやぎれもなくおはりよ/\・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・しかし自分の幼年時代の追憶の夢の舞台に登場する唯一の異性のヒロインはこのやや不器量で可哀そうな丑尾さんであったのである。 重兵衛さんの長男楠次郎さんから自分は英語の手ほどきを教わった。これについては前に書いたことがあるから略する。楠さん・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ 私を通りすがりに、自動車に援け乗せて、その邸宅に連れて行ってくれる、小説の美しいヒロインも、そこには立っていなかった。おまけにセコンドメイトまでも、待ち切れなくなったと見えて、消え失せてしまっていた。 浚渫船の胴っ腹にくっついてい・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・そして、第三に、よむものの心をうつことは、商業的な文化の上では猟奇のヒロインのように描き出される彼女たちが、電車にのると、パン助野郎、歩いて行け、とののしられたりするということである。娘たちは、真赤にルージュをぬった唇から、なるたけ歩くよう・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫