・・・ いつも紅茶の滓が溜っているピクニック用の湯沸器。帙と離ればなれに転っている本の類。紙切れ。そしてそんなものを押しわけて敷かれている蒲団。喬はそんななかで青鷺のように昼は寝ていた。眼が覚めては遠くに学校の鐘を聞いた。そして夜、人びとが寝・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・、背広で行くダンス・ホール、ピクニック、――そうした場所で女友を拾い、女性の香気を僅かにすすって、深入りしようとも、結婚しようともせず、春の日を浮き浮きとスマートに過ごそうとするような青年学生、これは最もたのもしからぬ風景である。彼らが浮き・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・おととしの秋、社員全部のピクニックの日、ふだん好きな酒も呑まず、青い顔をして居りましたが、すすきの穂を口にくわえて、同僚の面前にのっそり立ちふさがり薄目つかって相手の顔から、胸、胸から脚、脚から靴、なめまわすように見あげ、見おろす。帰途、夕・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 昔の下級士族の家庭婦人は糸車を回し手機を織ることを少しも恥ずかしい賤業とは思わないで、つつましい誇りとしあるいはむしろ最大の楽しみとしていたものらしい。ピクニックよりもダンスよりも、婦人何々会で駆け回るよりもこのほうがはるかに身にしみ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・箱根の山へピクニックしたことも書いてあり、山の上に憩ありというゲーテの詩など感想にふくめて書かれているのだが、ここに封入しました、という十国峠の写真は入っていなかった。封筒の表を改めて見直したら、写真一葉領置と書きこんである。私は合図をして・・・ 宮本百合子 「写真」
・・・軽快な足どりでそこへ入って来た淑貞はいつものように、C女史をやさしく劬わり、笑いながら「母さん御覧なさい、これ、あたし達が前にピクニックに行った時の写真よ、天錫さんが私の知らないうちにとったのがあるのよ」 C女史は、ものうくその写真をと・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 実験用テーブルの上の、つつましいピクニックのあとを見まわした。「いもはどうでした。案外うまかったでしょう?」「あまくて珍しかったですよ」「そりゃよかった、あれは我々の農園産ですよ、職員がみんなで作ったんです」 戦争が進・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・男友達と映画や芝居を見に行ったり、泊りがけのピクニックにでかけたりすることも、職場で若い女性が男性と一緒に働いて、一緒に組合運動をして、一緒に働くものの青春を守っているのだから、当然一緒に青春を楽しむのだというたてまえが主張された上での行動・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫