・・・それから平貝のフライを肴に、ちびちび正宗を嘗め始めた。勿論下戸の風中や保吉は二つと猪口は重ねなかった。その代り料理を平げさすと、二人とも中々健啖だった。 この店は卓も腰掛けも、ニスを塗らない白木だった。おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・その一つ向うのテエブルには、さっき二人と入れちがいにはいって来た、着流しの肥った男と、芸者らしい女とが、これは海老のフライか何かを突ついてでもいるらしい。滑かな上方弁の会話が、纏綿として進行する間に、かちゃかちゃ云うフォオクの音が、しきりな・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・――「フライ鍋の中へでも落ちたようですね。」「あたしは毛虫は大嫌い。」「僕は手でもつまめますがね。」「Sさんもそんなことを言っていらっしゃいました。」 M子さんは真面目に僕の顔を見ました。「S君もね。」 僕の返事・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・あらかじめ考えて置いたのだろう、迷わずにすっと連れて行って下すったのは、冬の夜に適わしい道頓堀のかき舟で、酢がきやお雑炊や、フライまでいただいた。ときどき波が来て私たちの坐っている床がちょっと揺れたり、川に映っている対岸の灯が湯気曇りした硝・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 珈琲、ケーキ、イチゴミルク、エビフライ、オムレツ……。 運ばれて来るたびに、靴磨きの兄弟――「うわッ、うまそうやな」 と、唾をのみ込み咽を鳴らしながら、しかし、「――これ食べてもかめへんか。ムセンインショクでやられへん・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・「お父さん、僕エビフライ喰べようかな」 寿司を平らげてしまった長男は、自分で読んでは、斯う並んでいる彼に云った。「よし/\、……エビフライ二――」 彼は給仕女の方に向いて、斯う機械的に叫んだ。「お父さん、僕エダマメを喰べ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・嘉七は牡蠣のフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ、と自分に言い聞かせてみて、流石に苦笑であった。妻は、てっかをたべていた。「おいしいか。」「まずい。」しんから憎々しそうにそう言って、また一つ頬張り、「ああまずい。・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・その二匹は、それでもフライにしてもらって晩ごはんの時に食べたが、大きいお皿に小指くらいの「かけら」が二つころがっている様を見たら、かれは余りの恥ずかしさに、立腹したそうである。私の家にも、美事な鮎を、お土産に持って来てくれた。伊豆のさかなや・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・今日会社の帰りに池の端の西洋料理屋で海老のフライを食ったが、ことによるとあれが祟っているかもしれん。詰らん物を食って、銭をとられて馬鹿馬鹿しい廃せばよかった。何しろこんな時は気を落ちつけて寝るのが肝心だと堅く眼を閉じて見る。すると虹霓を粉に・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・先生はその時卵のフライを食っていた。なるほど西洋人というものはこんなものを朝食うのかと思って、余はひたすら食事の進行を眺めていた。実は今考えるとその時まで卵のフライというものを味わった事がないような気がする。卵のフライという言葉もそれからず・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
出典:青空文庫