・・・そこにはそれ相当な因縁、すなわち先刻申上げた大村君の鄭重なる御依頼とか、私の安受合とか、受合ったあとの義務心とか、いろいろの因縁が和合したその結果かくのごとくフロックコートを着て参りました。この関係を因果の法則と称えております。 すると・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・牛肉配達などが日曜になるとシルクハットでフロックコートなどを着て澄している。しかし一般に人気が善い。我輩などを捕えて悪口をついたり罵ったりするものは一人もおらん。ふり向いても見ない。当地では万事鷹揚に平気にしているのが紳士の資格の一つとなっ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・黒のフロックを着た先生が尖った茶いろの口を閉じるでもなし開くでもなし、眼をじっと据えて、しずかにやって来るのです。先生といったって、勿論狐の先生です。耳の尖っていたことが今でもはっきり私の目に残っています。俄かに先生はぴたりと立ちどまりまし・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・私は三越でこさえた白い麻のフロックコートを着ましたが、これは勿論、私の好みで作法ではありません。けれども元来きものというものは、東洋風に寒さをしのぐという考も勿論ですが、一方また、カーライルの云う通り、装飾が第一なので結局その人にあった相当・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 向うの葵の花壇から悪魔が小さな蛙にばけて、ベートーベンの着たような青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばら娘に仕立てた自分の弟子の手を引いて、大変あわてた風をしてやって来たのです。「や、道をまちがえたかな。それとも地・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・するとそばへ一人の夏フロックコートを着た男が行って何か耳うちしました。デストゥパーゴは不機嫌そうな一べつをわたくしに与えてから仕方なさそうにうなずきました。 するとやはりフロックを着てテーモが来ていました。そのテーモが柄のついたガラスの・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・フランス文学者であり、アンティ・ファシストであり、アヴァンギャルドである豊島与志雄が、時代ばなれしたフロックコートの裾をひるがえし、シルクハットはなしで電車にのる描写から、すでにペソスがにじんでいる。行きついた場面では、すべての事のはこびが・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ すべての権力をソヴェトへ 餓えた農民と労働者は不決断な臨時政府がついにブルジョアの手先で彼らのものでないことを理解し、兵士は塹壕から、フロックコートを着てやって来る社会民主主義の煽動者をぼいこくった。ケレンスキーが、星条旗のひるが・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・そこへ来かかったのは、太った体にガウンをゆさゆさと着、胸に白ネクタイを下げた学生監並にシルクハットにフロック、コオトのブルドック二人である。漫画の題はTRAPPED、大学スケッチ第八。 書簡註。夜の歩道。一人の学生が巡・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・丸髷のその女を先頭にフロック・コート、紋付袴の一団が現われた。真中に、つい先年首相であった老政治家が囲まれている。皆、酒気を帯び、上機嫌だ。主賓、いかにも程々に取巻かせて置くという態度。一寸離れて、空色裾模様の褄をとった芸者、二三人ずつかた・・・ 宮本百合子 「百花園」
出典:青空文庫