・・・特にワグマンについて真面目に伝習したとは思われないが、ブラシの使い方や絵具の用法等、洋画のテクニックの種々の知識を教えられた事はあるようだ。明治八、九年頃の画家番附に淡島椿岳の上に和洋画とあるのを以て推すと、洋画家としてもまた相応に認められ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ と、磨きだして、ひょいとその客の顔を見上げた途端、赤井はいきなり起ち上って、手にしていたブラシで、その客の顔を撲った。かつての隊長だったのだ。「おい、何をするか。乱暴な」 隊長は驚いたが、「あッ、貴様は赤井だな」 と判・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・なんていう蛮カラ的の事は要せぬようになりまして、男子でも鏡、コスメチック、頭髪ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもっ・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・そうして牛乳に入れるための砂糖の壺から随時に歯みがきブラシの柄などでしゃくい出しては生の砂糖をなめて菓子の代用にしたものである。試験前などには別して砂糖の消費が多かったようである。月日がめぐって三十二歳の春ドイツに留学するまでの間におけるコ・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・時としては天の真上で稲光がしてやはり音の聞えぬ事がある、これはブラシ放電と名づける現象で、この時の光の色を分析してみると普通の電光とちがう事が分る。稲妻が光る度に稲が千石ずつ実るという云い伝えがあるが、どういう処から割り出したものであろう。・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・私が新しくブラシをおろすたびに、「煙だよ」とか「電柱だよ」とか一々説明してくれる人もあって、なんだか少し背中や首筋のへんがくすぐったいような気持ちもした。そういう人の同情に報いるためには私の絵がもう少し人の目にうまく見えなければ気の毒だと思・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・たとえばおもちゃのモートルを店屋でちょっとやってみる時はよく回るが買って来て五分もやればブラシの所がやけてもういけなくなる。 蓄音機の中の歯車でもじきにいけなくなるのがある。これは歯車の面の曲率などがいいかげんなためだか、材料が悪いため・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・近頃のきたない絵もやはり自分のきたなさは感じないがその癢さを感じてぼりぼりブラシで引掻いたような痕が見える。 きたなく汚れて、それでいて実に美しいものも世の中にはある。ヴェニスの街のような者がそれである。綺麗できたないものは近頃の絵には・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・「書物は精神の外套であり、ネクタイでありブラシであり歯みがきではないか、ある人には猿股でありステッキではないか。」こう言われてみればそうであるが、自分はただなんとなくここをのぞく気にならないでいつでもすぐに正面の階段を登って行く、そして二階・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・そしてそのわきに鏡がかかって、その下には長い柄のついたブラシが置いてあったのです。 扉には赤い字で、「お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それからはきもの の泥を落してください。」と書いてありました。「これはど・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
出典:青空文庫