・・・忘れる事の出来ないいくつかの顔は、暗い停車場のプラットフォームから私たちに名残りを惜しんだ。陰鬱な津軽海峡の海の色も後ろになった。東京まで付いて来てくれた一人の学生は、お前たちの中の一番小さい者を、母のように終夜抱き通していてくれた。そんな・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ と吻と息して、……「汽車の室内で隣合って一目見た、早やたちまち、次か、二ツ目か、少くともその次の駅では、人妻におなりになる。プラットフォームも婚礼に出迎の人橋で、直ちに婿君の家の廊下をお渡りなさるんだと思うと、つい知らず我を忘れて・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ たしか、中央の台に、まだ大な箱火鉢が出ていた……そこで、ハタと打撞ったその縮緬の炎から、急に瞳を傍へ外らして、横ざまにプラットフォームへ出ようとすると、戸口の柱に、ポンと出た、も一つ赤いもの。 二 威しては・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・青年は切符を買いて治子に渡し、二人は人々に後れてプラットフォームの方に出で、人目を避くるごとく、かなたなる暗きあたりを相並びて歩めり。治子はおりおり目にハンケチをあてて言葉なし。青年は窮みなき空高くながめ、胸さくるばかりの悲哀をおさえて、ひ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・一緒に、あの朝、プラットフォームのない停車場から重い背嚢を背負って、やっと列車に這い上がり、イイシへ出かけたのだ。イイシにはメリケン兵がいない。ロシアの娘がまだメリケン兵に穢されていない。それをたのしみにしていた仲間だ。ある時は、赤い貨車の・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ そこには、線路から一段高くなったプラットフォームはなかった。二人は、線路の間に立って、大きな列車を見上げた。窓の中から、帰る者がそれ/″\笑って何か云っていた。だが、二人は、それに答えて笑おうとすると、何故か頬がヒン曲って泣けそうにな・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 駅で、列車からプラットフォームへ降りて、あわたゞしく出口に急ぐ下車客にまじって、気おくれしながら歩いていると、どこからやって来たのか、若々しく着飾った、まだ娘のように見えないでもない女が、清三の手を握らんばかりに何か話しかけていた。清・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・停車場へ来るとプラットフォームにはもう人が出ていた。 龍介はポケットに手をつっこんだままちょっと立ち止まった。その時汽笛が聞えた。それで彼はホッとした気持を感じた。彼は線路を越して歩きだした。後で踏切りの柵の降りる音がして、地響が聞えて・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・かず枝は、ふっとこわばった顔になりきょろとプラットフォームを横目で見て、これでおしまいだ。度胸が出たのか、膝の風呂敷包をほどいて雑誌を取り出し、ペエジを繰った。 嘉七は、脚がだるく、胸だけ不快にわくわくして、薬を飲むような気持でウイスキ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・駅のプラットフォームに立って、やや遠い風景を眺め、それから、ちょっと二、三寸、腰を低くして、もういちど眺めると、その前方の同じ風景が、まるで全然かわって見える。二、三寸、背丈が高いか低いかに依っても、それだけ、人生観、世界観が違って来るのだ・・・ 太宰治 「女類」
出典:青空文庫