・・・すると誰かためらい勝ちに社宅の玄関のベルを押した。彼女はそれでも気にせずにボオイの取り次ぎに任かせて措いた。が、ボオイはどこへ行ったか、容易に姿を現さない。ベルはその内にもう一度鳴った。常子はやっと長椅子を離れ、静かに玄関へ歩いて行った。・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・それは卓上電話のベルが、突然彼の耳を驚かしたからであった。「私。――よろしい。――繋いでくれ給え。」 彼は電話に向いながら、苛立たしそうに額の汗を拭った。「誰?――里見探偵事務所はわかっている。事務所の誰?――吉井君?――よろし・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・僕はもとのように受話器をかけ、反射的にベルの鈕を押した。しかし僕の手の震えていることは僕自身はっきり意識していた。給仕は容易にやって来なかった。僕は苛立たしさよりも苦しさを感じ、何度もベルの鈕を押した。やっと運命の僕に教えた「オオル・ライト・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・「洋楽にもかなりシンミリしたものがある、ヘイズンかシューベルトのセレナードでも聴いて見給え、かなりシンミリした情調が味える、かつシンミリしたものばかりが美くしい音楽ではないから……」と二、三度音楽会へ誘って見たが、「洋楽は真平御免だ!」とい・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ つぎは、算術の時間でした。ベルが鳴って、みんな教室にはいったときです。「僕に、りんごをおくれよ。」と、山田がいいました。「僕が、もらう約束をしたんだい。」と、小野がいいました。 政ちゃんは、二人が、ほしいというので困ってし・・・ 小川未明 「政ちゃんと赤いりんご」
・・・ そのうちに、話す時間もなく、ベルが鳴ってお教室に入り、授業がはじまりました。 いよいよお昼になって、みんながお弁当を食べるときとなったのです。ひとり、北川だけは机に向かって、宿題をしていました。 小田には、なにもかもわかってい・・・ 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・ 好きになりましたよと言い掛けた途端、発車のベルが鳴り、そして汽笛の響きが言葉を消してしまった。 そして、汽車が動きだした。「さよなら」「さよなら」 白崎は、ああ、俺は最後に一番まずいことを言ってしまった。俺はいつも何々・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・彼はあり金をはたいて、盗難よけのベルの製造をはじめた。製品が出来たので、彼は注文を取って廻った。そして帰って見ると、製品の盗難よけベルはいつの間にか一つ残らず盗まれていた。 織田作之助 「ヒント」
・・・ 小沢は寄って行って、ベルを鳴らした。暫らくすると、女中が寝巻のままで起きて来て、玄関をあけた。 小沢は娘を表へ待たせて、一人はいって行くと、「部屋あいてませんか。いくら高くても結構です」 と、言いながら、女中の手に素早く十・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・しかしやがてベルが鳴り、人びとが席に帰って、元のところへもとの頭が並んでしまうと、それも私にはわからなくなってしまうのだった。私の頭はなにか凍ったようで、はじまろうとしている次の曲目をへんに重苦しく感じていた。こんどは主に近代や現代の短い仏・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
出典:青空文庫