・・・細引にぐるぐる括られたまま、目に見えぬペダルを踏むようにやはり絶えず動いている。常子は夫を劬わるように、また夫を励ますようにいろいろのことを話しかけた。「あなた、あなた、どうしてそんなに震えていらっしゃるんです?」「何でもない。何で・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・そうしてペダルに足をかけたまま、「今田村さんから電話がかかって来ました。」と云った。「何か用だったかい?」 洋一はそう云う間でも、絶えず賑な大通りへ眼をやる事を忘れなかった。「用は別にないんだそうで、――」「お前はそれを・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そこでペダルが終わって八分の一の休止のあとにまた同じような律動が繰り返される。 この美しい音楽の波は、私が読んでいる千年前の船戦の幻像の背景のようになって絶え間なくつづいて行った。音が上がって行く時に私の感情は緊張して戦の波も高まって行・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・その後方に一輪車が取り付けられ、そうして三つの輪の中央のサドルに腰をかけた人がペダルを踏んで推進する仕掛けになっている。座席に腰かけた人の右手にハンドルがあってそれをぐるぐる回すとチェーンギアーで車台の下のほうの仕掛けがどうにかなるようにで・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・らったものだが乗客だけはまさに鞍壺にたまらずずんでん堂とこける、かつて講釈師に聞た通りを目のあたり自ら実行するとは、あにはからんや、 監督官云う、「初めから腰を据えようなどというのが間違っている、ペダルに足をかけようとしても駄目だよ、た・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・いくつかコマのある続き絵で、その当時の流行で髭を長く尖らした若い父が気取って山高帽をかぶり自転車のペダルをふんでいる。むこうから女のひとが犬をつれてやって来た。それをよけようと四苦八苦してバランスをとりそこねている父。遂にころげ落ちた父が、・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
出典:青空文庫