・・・誌を持ち込んで、ジャン・ポール・サルトルの義眼めいた顔の近影を眺めている姿は、一体いかなる不逞なドラ猫に見えるであろうか。 ある大衆作家は「新婚ドライブ競争」というような題の小説を書くほどの神経の逞しさを持っていながら、座談会に出席する・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・閑な線で、発車するまでの間を、車掌がその辺の子供と巫山戯ていたり、ポールの向きを変えるのに子供達が引張らせてもらったりなどしている。事故などは少いでしょうと訊くと、いやこれで案外多いのです。往来を走っているのは割合い少いものですが、など車掌・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・使徒ポールの改宗なども同様な例であろう。耶蘇の幽霊に会ってニコルが回ったのである。しかしどちらへ曲げても結局偏光は偏光である。すべての人間が偏光ばかりで物を見ないで、かたよらぬ自然光でも物を見るような時代がもし来れば、あらゆるデマゴーグは腕・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・十字軍や一九一四年の欧洲大戦のごときは世界人類の歴史の橋の袂であり、ポール・セザンヌと名づけられた一人の田舎爺は世界の美術史の上の橋の袂である。ニュートン、アインシュタイン、プランク等のした仕事もまた物理学史上のそれぞれの橋の袂であったとも・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・それから電車のポールの尖端から出る気味の悪い火花も、日本アルプスを照らす崇厳な稲妻の曾孫くらいのものに過ぎない。しかし同じ源から出たエネルギーはせち辛い東京市民に駆使される時に苦しい唸き声を出し、いらだたしい火花を出しながら駆使者の頭上に黒・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・毎朝起きるときまりきった味噌汁をぶっかけた飯を食ってセオドライトやポールをかついで出かける。目的の場所へ着くと器械をすえてかわるがわる観測を始める。藤野は他人の番の時には切り株に腰をかけたり草の上にねころんだりしていつものように・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・老人株ではカナル線の発見者ゴールトシュタインや、ワールブルヒなどがおり、若手ではゲールケ、プリングスハイム、ポールなどもいた。日本人では自分の外に九州大学の桑木さんもある期間出席されたように思う。 鼻眼鏡でぬうっと澄ましていて、そうして・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ 二階の窓から狂風に吹き飛ぶ雲を眺めながら考えるともなく二十年前に見たベルリンのメトロポール座のレビューを想い出していた。ウンテル・デン・リンデンの裏通りのベーレン街にあったこの劇場のレビューは、一つの出しものを半年も打ちつづけていて、・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・その死骸がポント・フラクト城より移されて聖ポール寺に着した時、二万の群集は彼の屍を繞ってその骨立せる面影に驚かされた。あるいは云う、八人の刺客がリチャードを取り巻いた時彼は一人の手より斧を奪いて一人を斬り二人を倒した。されどもエクストンが背・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・一九一四年、大戦がヨーロッパの思想的支柱をゆり動かしはじめた時、ポール・クロオデルは飽きることのない執拗さで、清教徒であることをやめたジイドをカソリックへ引っぱり込もうとした。「法王庁の抜穴」を書き終ったところであったジイドは、この宗教的格・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
出典:青空文庫