・・・ 私は云うに云えない感想をもって、ロンドンのセント・ポールの大寺院の前に佇んでいた。大戦のときの無名戦士の記念碑には、煤でうすよごれた鳩たちの糞がかかっている。見上げるセント・ポールの正面の大石段の日向には上から下まで、失業した男たちが・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・フランス文学と云っても、それは、ナチス軍がマジノ線を突破する以前の、ポール・ヴァレリーやジイドなどの文学だった。野間宏が、自分は十二年間ヴァレリーの言葉をもって語って来た、と回想しているのは、誇張ではないであろう。野間宏の人間と文学との過程・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・カソリック詩人のポール・クロウデルも、日本に来たときは、お濠の石垣を詩につくったし、日本の柳、三味線、徳川時代の服装の女を配した夢幻劇をつくった。日本の女の美は昔風のしとやかさ、髷、袂にあるとヨーロッパの女にいわれて、ある当惑を感じない今日・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・ 暗い通りを横ぎると見えないポールのさきから青白い火花を散らして電車が一台走って行った。 肇は赤い柱の下に立って篤の手をさぐりながら云った。「ねえ君、僕達はもう二十年近く親しい友達で居たんだよ、 ねえ君―― 二十年近・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 一台ポールの向きをかえるごとに、安全地帯の上をコツ、コツ、歩いている赧ら顔に新しいカンカン帽をかぶり、縞ズボンに白い襟がついた黒チョッキ、黒上衣といういでたちのずんぐりした四十男が、「××橋行きでございます。××橋行きの方はおのり・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・映画として観れば、細部に納得の行かぬ点、あまり好都合過ぎる点、カメラの効果の点で疑問がない訳ではなかったが、この作品が昨年度の傑作の一つとなり得たのはポール・ムニの演技がこの科学者の人間的諸感情、情熱をその仕事との綜合でまざまざと生かし得た・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・「ぼくはプロレタリア作家の一人として政治と文学という二つのポールのあいだをぐらついていた」という林の文章を引用し「ぐらつきと自卑の原因はぼくが文学をただしく理解していなかった」云々と続く林の思惟の発展を批判するにあたり、亀井は今はただしく理・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・有名なマントをひっかけてたたずんでるプーシュキンの頭は、街燈、電車のポール、並木道の冬木立の梢などの都会的錯綜の間にぼんやり黒く見える。 ――右かね、左かね? 御者の声に日本女は、 ――右! 右!と返事した。 ――かど曲・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・ 「大地」 ポール・ムニとルイズ・レイナアとが主演している映画の「大地」は中国を背景として製作されたアメリカ映画中の傑作であった。映画の圧倒的好評につれて、第一書房は出版当時はそれぞれ分冊として発売していたパア・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
出典:青空文庫