・・・ 十四日 雪隠でプラス、マイナスと云う事を考える。 十五日 今日のようなしめっぽい空気には墓の匂いが籠っておるように思う。横になって壁を踏んでいると眼瞼が重くなって灰吹から大蛇が出た。 十六日 涼しいさえさえした朝だ。まだ光の弱・・・ 寺田寅彦 「窮理日記」
・・・もっとも、人間にでもきわめて微量な金属が非常に必要なものであるということは、近頃だんだんに分かりかけて来ているようではあるが、しかしそれは食物全体に対して10のマイナス何乗というような微少な量である。この虫のように自分の体重の何倍もある金属・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・また一つ忘れてならぬ事はこれらの微小な残余の項が多くはいわゆる偶然の方則に従って分布され、プラスとマイナスとが相消去するために結果が蓄積せぬ事である。一定の位置並びに寒暖計の示す温度において測った金属棒の長さは、不可測的の雑多な微細な原因の・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・かりにあるものの変位がプラスであれば緊張、マイナスであれば弛緩の状態を表わすとしたところで、その「もの」がなんだかわからなければその質量に相当するものも、弾力に相当するものもわかりようはない。従ってこれが数学的の取り扱いを許されるまでにはあ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・ほんとうに空のところどころマイナスの太陽ともいうように暗く藍や黄金や緑や灰いろに光り空から陥ちこんだようになり誰も敲かないのにちからいっぱい鳴っている、百千のその天の太鼓は鳴っていながらそれで少しも鳴っていなかったのです。私はそれをあんまり・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・大将「ベルギ戦役マイナス十五里進軍の際スレンジングトンの街道で拾ったよ。」特務曹長「なるほど。」「少し馬の糞はついて居りますが結構であります。」大将「どうじゃ、どれもみんな立派じゃろう。」一同「実に結構でありました。」大・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・婦人画家が画家としてはたしてどれだけの力量をもっているかということはあらためて考えられなければならないけれども、かりに、その点でマイナスがあるとして、それというのもこれまで婦人全体の生活があまり差別的で、官立の美術学校でさえも女子の学生は入・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・一篇によって、作者はそれまで自分を生かして来た環境の、プラスもマイナスもくいつくした。もっと自然に、もっと伸びやかな人間らしさを求めるためには、自身の生きる社会環境を変え、人生と文学との理解においても、一つの歴史的な飛躍をとげなければならな・・・ 宮本百合子 「あとがき(『伸子』第一部)」
・・・それぞれの人の告白、傷魂の歌とするにとどまらず、せめては当時の日本のインテリゲンチアの負わされている社会的なマイナスの悲劇として、とらえられないことについて心からの遺憾をあらわしていることも、こんにちの同感を誘う。「冬を越す蕾」のきびし・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・学校教育の方式の中に当然入りこんできているキャナライゼーションとマス・コムュニケーションのプラスとマイナスの面を研究する必要があります。アメリカの文化がより幸福なものとなるためにはやっぱりこの点を検討してみなければならないでしょう。〔一九四・・・ 宮本百合子 「アメリカ文化の問題」
出典:青空文庫