・・・列のなかには派手なマフラーをした若い女のひともいたりして、傘が傾くと、別に連れもないらしい白い顔がぽつねんと見える。まだ切符は売り出していないのであった。 その時間からは、「女人哀愁」というのとニュースとが見られるわけである。私は特別に・・・ 宮本百合子 「映画」
二三日前の夜、おそく小田急に乗った。割合にすいていて、珍しく腰をおろした。隣りに大柄な壮年の男のひとがいて、書類鞄から出した本を、しきりに調べている。その隣りの席に黒い外套に白いマフラーをつけ、縁なしの眼鏡をかけた三十歳が・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・だからこそ「彼女は無意識にマフラーの結び目へ手をやった」というような動作の描写が、むこうから近づいてきたまちの人の姿を眼に入れた瞬間の、彼女のしぐさとして描かれる必要も生れてくる。一人の人の表情、動作についてさえ、文学の目というものがそこま・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫