・・・その内に、今回の事は君がモラル・バックボーンを有している証拠になるから目出たいという句が見えた。モラル・バックボーンという何でもない英語を翻訳すると、徳義的脊髄という新奇でかつ趣のある字面が出来る。余の行為がこの有用な新熟語に価するかどうか・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・刑法で姦通罪において婦人には手落だった過酷さが改正されたとしても、私たちの日々の生活のなかの現実で経済危機が、市民生活のモラルの根柢をゆすぶっているとき、刑法の改正だけで人民の堕落と悲劇とはなくならない。 職場の組合の中では、この問題が・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・これが現代のわれわれのモラルであり、抵抗です。わたしたちの生きてゆく感覚そのものがより美しいものを求めて社会悪に抵抗する。感情そのもののせつない動きが、いなずまのように社会の価値判断の急所を射つらぬいてゆく。そのような殺しても殺しても生きる・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・だけれどもうそはわるいこととも知っている。モラルの基準もぐらついている。百万円の宝くじに当った人はバクチ打ちとして捕えられない。けれども、バクチは千葉県の競馬場でも大騒動して検挙されているし、新宿もそれでさわいだ。五十円の宝くじを買って、百・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・キリスト教の文化から背を向ければ、芸術的気質のない葉子には、擡頭しようとする日本の資本主義の社会、その社会のモラル、いわゆる腕が利く、利かぬの目安で人物を評価する俗的見解の道しか見えなかったことは推察される。 作者は一九一七年に再びこの・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・アフリカという土地に於て、そこの新しい条件に立ってモラルも、行動も、世界観も新しい価値を伴って組織し直さるべきもの、再出発をするべきものというのが「脱出の文学」の主張するところであるらしい。そして「灰色の道」という小説をフィリッポ・サツキと・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・という封建武人のモラルに立って、計らず相役と事を生じるに至った。伽羅の本木を買ってかえった彌五右衛門は切腹被仰附度と願ったが、その香木が見事な逸物で早速「初音」と銘をつけた三斎公は、天晴なりとして、討たれた横田嫡子を御前によび出し、盃をとり・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
今日家庭というものを考える私たちの心持は、おのずから多面複雑だと思う。 家庭は今日大事とされている。貯蓄のことも、生めよ、殖せよということも、モラル粛正も、専ら家庭内の実行にかけられている。 昨夜の夕刊には、大蔵省・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・イギリスはそれまで豊かだった中流層の経済力とともに安定していた清教徒風な、モラルのよりどころであった「純潔」の再検討によって。フランスはカソッリク的な純潔の現実的な定義に関して。 ゴールスワアジーの小説に「聖者の道行」という小説がある。・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 市民的なモラルの基準になるこういうことさえも、私たちは本当に純潔な階級活動家としてまじめに理性的にとりあげていかねばならない。 共産党は外の政党と全くちがう本質に立っている。政権をとることが自分の党の利己的な利益と一致した外のあら・・・ 宮本百合子 「共産党とモラル」
出典:青空文庫