・・・という大都会を静かに流れているだけに、その濁って、皺をよせて、気むずかしいユダヤの老爺のように、ぶつぶつ口小言を言う水の色が、いかにも落ついた、人なつかしい、手ざわりのいい感じを持っている。そうして、同じく市の中を流れるにしても、なお「海」・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・五 私はアルツィバーセフの作にあった一節、彼のピラトがシモンに向って、「おれはあのユダヤの乞食哲学者に対しては不思議な感じがした。そしてその云うことに対して何物をか感ぜぬわけには行かなかった。然し彼でないお前は一体何んであるか?・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・というふざけ切った読み方をして、太宰は実朝をユダヤ人として取り扱っている、などと何が何やら、ただ意地悪く私を非国民あつかいにして弾劾しようとしている愚劣な「忠臣」もあった。私の或る四十枚の小説は発表直後、はじめから終りまで全文削除を命じられ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・すなわち、「ユダヤ人は、長くペルシャに住んでいた間に、新らしい宗教組織を知るようになった。ペルシャの人たちは、其名をザラツストラ、或いはゾロアスターという偉大な教祖の説を信じていた。ザラツストラは、一切の人生を善と悪との間に起る不断の闘争で・・・ 太宰治 「誰」
・・・へんな書き置きみたいなものを残して行きましたが、それがまた何とも不愉快、あなたはユダヤ人だったのですね、はじめてわかりました、虫にたとえると、赤蟻です、と書いてあるのです。何の事だか、まるでナンセンスのようでございますが、しかし、感覚的にぞ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 私は本屋にはいって、或る有名なユダヤ人の戯曲集を一冊買い、それをふところに入れて、ふと入口のほうを見ると、若い女のひとが、鳥の飛び立つ一瞬前のような感じで立って私を見ていた。口を小さくあけているが、まだ言葉を発しない。 吉か凶か。・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 彼の家族にユダヤ人種の血が流れているという事は注目すべき事である。後年の彼の仕事や、社会人生観には、この事実と思い合せて初めて了解される点が少なくないように思う。それはとにかく彼がミュンヘンの小学で受けたローマカトリックの教義と家庭に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ マクス・ベーアはサンフランシスコ居住のユダヤ系の肉屋だそうである。この「ユダヤ種」であることと「肉屋」であることに深い意味があるような気がする。 六万の観客中には、シネマ俳優としてのベーアの才能と彼のいろいろなセンチメンタル・アド・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・しかしユダヤ人というものの概念のはなはだ希薄な日本人には、おそらくこの映画の本来のねらいどころは感ぜられないであろうし、あるいはかえってそのおかげで日本人にはいやみや臭味を感ずることなしにこの映画のいいところだけを享楽することができるかもし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・色の昔から、日のいずる方を求めて世界のあらゆる方面から自然にこの極東の島環国に集中した種族の数は決して二通りや三通りでなかったであろうということは、われわれの周囲の人々の顔の中にギリシア型、ローマ型、ユダヤ型をはじめインディアン型、マレイ型・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
出典:青空文庫