・・・メリンスの長襦袢の袖口には白と赤とのレースがさっぱりとつけてある。―― 程たってから自分は低い声でその娘に聞いた。「つとめですか?」「ええ」「会社?」「地下鉄なんです」「……ストアですか?」「いいえ。――出札」・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・金色のレースが張ってあって、細い色リボンの花飾りがついていて、ローマッチをこするザラザラがある。ロココまがいのけちくさいもの。その中から紙片を出して本に貼る。 ガラスの角ばったペン皿のとなりに置いて。ペン皿には御存知の赤い丸い球のクリー・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 明るい六月の電燈の下で チラチラと鋏を輝かせ 針を運び 繊細なレースをいじる。―― 「どう?……これでよろしいの? 長くはなくって?」 妻は薄紫のきものの膝から 雪のようなきれをつまみあげた。 「い・・・ 宮本百合子 「心の飛沫」
・・・吉田健一は「イギリスの文学はイギリス人の生活のふち飾りとして、レースの如く美しくあらわれて来るという意味のことをかいていた。ところが、日本の私小説作家で、人生の方が文学のふち飾りでライフ・プロパアが無視されている。僕が日本の私小説作家に大い・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 自覚というような言葉を、またここで思い出してみれば、日本にない絹ビロードの夜会服にあこがれ「映画のあの場面ではあの着物のレースがあんな風にひるがえった」とまぼろしを描くよりは、日本に一種類でも、そのように若い人の人生を愛した布地の作ら・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・この初夏に一反百円のお召単衣はおどろくに足りないもののように現れていたし、レース羽織というものも出来た。 それらはいずれも、金はあるところにはあるもんなんですよ、と声に出してささやいているようであった。 婦人挺身隊・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・衿もとには、昔のソヴェトに決して見られなかった美しいレースの衿がのぞいている。オルガ・ベルホルツの写真の中の顔は、私たちを感動させる表情をたたえている。彼女の目と、口もとと。それは、どんなにさまざまの光景をみているかを、雄弁に語っている目で・・・ 宮本百合子 「新世界の富」
・・・でない水 ○石炭のすすで足袋などすぐ黒くなる部屋 ○雪がつもり、窓をふさいだ家の裏側 ○まるで花のない部屋 老ミセス、バチェラー ○大きい猫目石のブローチ ○網レースに、赤くエナメルした小さい小鳥のブ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・その、デリケートな葉が黒く浮立ち、華やかな彼方の色彩に黒レースをかけたように優雅である。 まつを、いつまでも止めて置くことは出来ないので、我々の夕飯の仕度に鰻を云いつけさせて、帰した。 急に四辺が、ひっそりとする。 自分は思わず・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・いつも封じめには封蝋の代りに赤だの青だののレースのような円い封印紙が貼りつけられた。小さい私は、そのテーブルのわきに立って、やがてオトーサマと紙からあふれるような字を書くことを習った。あとにはいつもつづけて、ハヤクオカエリナサイ、と書いた覚・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
出典:青空文庫