・・・ それから又島木さんは後ろ向きに坐ったまま、ワイシャツの裾をまくり上げ、医学博士の斎藤さんに神経痛の注射をして貰った。二度目の注射は痛かったらしい。島木さんは腰へ手をやりながら、「斎藤君、大分こたえるぞ」などと常談のように声をかけたりし・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・のみならず互に近づくのにつれ、ワイシャツの胸なども見えるようになった。「何だろう、あのネクタイ・ピンは?」 僕は小声にこう言った後、忽ちピンだと思ったのは巻煙草の火だったのを発見した。すると妻は袂を銜え、誰よりも先に忍び笑いをし出し・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・そのまた三鞭酒をワイシャツの神々が旨そうに飲んでいるのである。保吉は神々を讃美しながら、今度は校舎の裏庭へまわった。 裏庭には薔薇が沢山ある。もっとも花はまだ一輪もない。彼はそこを歩きながら、径へさし出た薔薇の枝に毛虫を一匹発見した。と・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・清水町筋をすぐ畳屋町の方へ折れると、浴衣に紫の兵古帯を結んだ若い娘が白いワイシャツ一枚の男と肩を並べて来るのにすれ違った。娘はそっと男の手を離した。まだ十七八の引きしまった顔の娘だが、肩の線は崩れて、兵古帯を垂れた腰はもう娘ではなかった。船・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 三十分程たった頃、二人は、上衣を取り、ワイシャツ一つになって、片手に棒を握って、豚群の中へ馳こんでいた。頻りに何か叱した。尻を殴られた豚は悲鳴を上げ、野良を気狂いのように跳ねまわった。 二人は、初めのうちは、豚を小屋に追いかえ・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・色つきのワイシャツや赤いネクタイなど、この場合、極力避けなければならぬ。私のいま持っている衣服は、あのだぶだぶのズボンとそれから、鼠いろのジャンパーだけである。それっきりである。帽子さえ無い。私は、そんな貧乏画家か、ペンキ屋みたいな恰好して・・・ 太宰治 「花燭」
・・・黄色いジャケツを脱いでワイシャツ一枚になり、「これは面白くなったですねえ。そうですよ。発明ですよ。無線電燈の発明だよ。世界じゅうに一本も電柱がなくなるというのはどんなにさばさばしたことでしょうね。だいいち、あなた、ちゃんばら活動のロケエ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・あなたは、私の思っていたとおりの、おかたでした。ワイシャツの袖口が清潔なのに、感心いたしました。私が、紅茶の皿を持ち上げた時、意地悪くからだが震えて、スプーンが皿の上でかちゃかちゃ鳴って、ひどく困りました。家へ帰ってから、母は、あなたの悪口・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ とはにかんだ顔をして言って、すこし血痕のついているワイシャツとカラアをかかえ込み、「あら、こちらで致しますわ。」 と女中に言われて、「いや、馴れているんです。うまいものです。」 と極めて自然に断る。 血痕はなかなか・・・ 太宰治 「犯人」
・・・あの人は、半袖のワイシャツに、短いパンツはいて、もう今日の仕事も、一とおりすんだ様子で、仕事机のまえにぼんやり坐って煙草を吸っていましたが、立って来て、私にあちこち向かせて、眉をひそめ、つくづく見て、ところどころ指で押してみて、「痒くな・・・ 太宰治 「皮膚と心」
出典:青空文庫