・・・月に三度の公休日にも映画ひとつ見ようとせず、お茶ひとつ飲みにも行かず、切り詰め切り詰めた一人暮しの中で、せっせと内職のミシンを踏み、急ぎの仕立の時には徹夜した。徹夜の朝には、誰よりも早く出勤した。 そして、自分はみすぼらしい服装に甘んじ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・若い男の人が一人暮ししていて、増して勤めていて、台所が汚いと云い罐詰を食べると云って、「あいつも相当だ」という人は無いでしょう。それは男と女は違います。でも、違いますというのは何でしょう。 女は台所もきっちりし、自分が料理しているべきだ・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・そういう事情があると思いもそめず、家賃が手頃なのや一人暮しに快適な間どりの工合やらにひかれて契約した。そして引越したら、二三日で、溌剌騒然たる小学校の賑わいが、別して朗々たるラウド・スピーカアの響きとともに、朝から夕刻まで、崖上に巣をかけた・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・それは上落合に私が独り暮していた家の柱にかかって働いていたが、五月の或る朝、私のところへ二人の男が来て、そのまま私をその家から連出した。後ひきつづいた一年の留守の間に、その柱時計は、私のいない跡の家をとりかたづけてくれた友達の家の柱にかけら・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・ あの夏、たとえば、どんなに一人暮しの食事をして暮していたのか、今になってひろ子には思い出せもしなかった。思い出すのは、却って、省線の巣鴨駅に咲いていた萩の花枝である。省線の電車が、颯っと風をきって通過したとき、あおりで堤に咲きつらなっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫