・・・勿論利休を幇けて当時の趣味の世界を進歩させた諸星の働きもあったには相違ないが、一代の宗匠として利休は恐ろしき威力を有して、諸星を引率し、世間をして追随させたのである。それは利休のウソのない、秀霊の趣味感から成立ったことで、何らその間にイヤな・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・然るに『書經』は支那のあらゆる河川が堯の時以來氾濫し居たりしに、禹はその一代に之を治したりと傳ふ。かくの如きも事實として肯定し得らるべきか。 これ傳説の傳説たる所以にして、堯は天に、舜は人に、禹は地に、即ちかの三才の思想に假托排列せられ・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・著名な科学者の一代の大論文を読んで感心したあとで、その人のその論文を書くまでの道筋を逆にたどってそれまでのその人の著述を順々に古いほうへと読んで行くと、最初に感心させられたものが、きわめて平凡なあたりまえの落ち着き所であるとしか思えなくなっ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・それから引続いて『五人女』『一代女』『一代男』次に『武道伝来記』『武家義理物語』『置土産』という順序で、ごくざっと一と通りは読んでしまった。読んで行くうちに自分の一番強く感じたことは、西鶴が物事を見る眼にはどこか科学者の自然を見る眼と共通な・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 巧拙にかかわらず一人の個人の歌集がおもしろいように個人画家の一代の作品の展覧はいろいろの意味で真味が深い。湯浅氏の回顧陳列もある意味で日本洋画界の歴史の側面を示すものである。これを見ると白馬会時代からの洋画界のおさらえができるような気がす・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・二千年来伝わった日本人の魂でさえも、打砕いて夷狄の犬に喰わせようという人も少なくない世の中である。一代前の云い置きなどを歯牙にかける人はありそうもない。 しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行など・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・ 地震によって惹起される津波もまたしばしば、おそらく人間の一代に一つか二つぐらいずつは、大八州国のどこかの浦べを襲って少なからざる人畜家財を蕩尽したようである。 動かぬもののたとえに引かれるわれわれの足もとの大地が時として大いに震え・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・これはおそらくひとわたりの教えとしては修辞学の初歩においても説かれうることであろうが、それを実際にわが物として体得するためには芭蕉一代の粉骨の修業を要したのである。 流行の姿を備えるためには少なくも時と空間いずれか、あるいは両方の決定が・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 今銀座のカッフェーに憩い、仔細に給仕女の服装化粧を看るに、其の趣味の徹頭徹尾現代的なることは、恰当世流行の婦人雑誌の表紙を見る時の心持と変りはない。一代の趣味も渾然として此処まで堕落してしまって、又如何ともすることの出来ぬものに成り了・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・一方、人であって他の動物ではない天皇というものが、全く特殊な立場に固定され、その地位は世襲であり、一代にしろ華族というものが存在するのは、どういう矛盾であろうか。 更に、この条項を眺めていると、私たちの心には、まざまざと先頃厚生大臣から・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
出典:青空文庫