・・・何小二が鞍の前輪へつっぷすが早いか、一声高く嘶いて、鼻づらを急に空へ向けると、忽ち敵味方のごったになった中をつきぬけて、満目の高粱畑をまっしぐらに走り出した。二三発、銃声が後から響いたように思われるが、それも彼の耳には、夢のようにしか聞えな・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・しかし犬は目の下に温泉宿の屋根が見えると、一声嬉しそうに吠えたきり、もう一度もと来た熊笹の中へ姿を隠してしまったと云う。一行は皆この犬が来たのは神明の加護だと信じている。 時事新報。十三日名古屋市の大火は焼死者十余名に及んだが、横関名古・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・喉も裂け破れる一声に、全身にはり満ちた力を搾り切ろうとするような瞬間が来た。その瞬間にクララの夢はさめた。 クララはアグネスの眼をさまさないようにそっと起き上って窓から外を見た。眼の下には夢で見たとおりのルフィノ寺院が暁闇の中に厳かな姿・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 容体がさも、ものありげで、鶴の一声という趣。もがき騒いで呼立てない、非凡の見識おのずから顕れて、裡の面白さが思遣られる。 うかうかと入って見ると、こはいかに、と驚くにさえ張合も何にもない。表飾りの景気から推せば、場内の広さも、一軒・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 幼い時聞いて、前後うろ覚えですが、私の故郷の昔話に、(椿農家のひとり子で、生れて口をきくと、と唖の一声ではないけれども、いくら叱っても治らない。弓が上手で、のちにお城に、もののけがあって、国の守が可恐い変化に悩まされた時、自から進んで・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・わが引いている牛もそれに応じて一声高く鳴いた。自分は夢から覚めた心地になって、覚えず手に持った鼻綱を引詰めた。 四 水は一日に一寸か二寸しか減じない。五、六日経っても七寸とは減じていない。水に漬った一切の物いまだ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・と僕とのさし向いだ。こうなると、こらえていた胸が急にみなぎって来た。「先生にこうおごらして済まない、わ、ねえ」と、可愛い目つきで吉弥が僕をながめたのに答えて、「馬鹿!」と一声、僕は強く重い欝忿をあびせかけた。「そのこわい目!」し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そのとき、家の内では、なんだか大騒ぎをするようなようすでありましたから、まごまごしていて捕らえられてはつまらないと思いましたので、一声高くないて、遠方に見える、こんもりとした森影を目あてに、飛んでいってしまいました。 娘は、小鳥を逃がし・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・ 遠くに競争者が現われる。こちらはいかにも疲れている。あちらの方がピッチが出ている。「……」とうとう止してしまった。「コケコッコウ」 一声――二声――三声――もう鳴かない。ゴールへ入ったんだ。行一はいつか競漕に結びつけてそれ・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・と、上田の声が少し高かったので、鸚鵡が一声高く「樋口さん」と叫びました。「このちくしょう?」と鷹見がうなるように言いましたが、鸚鵡はいっさい平気で、「お玉さん」「人をばかにしている!」と上田が目を丸くしますと、「お玉さん、……樋・・・ 国木田独歩 「あの時分」
出典:青空文庫