・・・車は電車通から急に左へ曲り、すぐまた右へ折れると、町の光景は一変して、両側ともに料理屋待合茶屋の並んだ薄暗い一本道である。下駄の音と、女の声が聞える。 車掌が弘福寺前と呼んだ時、妾風の大丸髷とコートの男とが連立って降りた。わたくしは新築・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ルッソオ出でて始めて思想は一変し、シャトオブリアンやラマルチンやユウゴオらの感激によって自然は始めて人間に近付けられた。最初希臘芸術によって、diviniseされた自然、仏蘭西古典文学によって度外視された自然は、ロマンチズムの熱情によって始・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ かつて深川座のあった処は、震災後道路が一変しているので、今は活動館のあるあたりか、あるいは公設市場のあるあたりであるのか、たまたま散歩するわたくしには判然しない。 むかしの黒江橋は今の黒亀橋のあるあたりであろう。即ちむかし閻魔・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・そしてすっかり情態が一変していた。町には平凡な商家が並び、どこの田舎にも見かけるような、疲れた埃っぽい人たちが、白昼の乾いた街を歩いていた。あの蠱惑的な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、骨牌の裏を返したように、すっかり別の世界が現れて・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・然るに嘉永の季、亜美利駕人、我に渡来し、はじめて和親貿易の盟約を結び、またその好を英、仏、魯等の諸国に通ぜしより、我が邦の形勢、ついに一変し、世の士君子、皆かの国の事情に通ずるの要務たるを知り、よって百般の学科、一時に興り、おのおのその学を・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・すなわち公議輿論の一変したるものなれば、この際にあたりて徳教の働ももとより消滅するに非ずといえども、おのずから輿論に適するがために、大いにその装を改めざるをえざるの時節なり。たとえば在昔は、君臣の団結、国中三百所に相分れたる者が、今は一団の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・この経験から生きる目的を一変させた中尉ルドヴィッチは後を慕って来たクリスチアーナにむかって、自分はここから去ることは出来ない、去る気もないと彼女の愛をも拒む。それが終りとなっているのである。 私ども素人の目にはクリスチアーナに扮したラン・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ヨーロッパの民衆は平常の表情はだらしないゆるんだ様子をしている者でも、何かまじめに考えたり、行動したりしようという瞬間には、その容貌が一変したようになって普通と違う緊張やある活気機敏さを示す。精神活動の目醒めがすぐそのものとして顔に出て来る・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・あげたや この衣を この毬を 残されし姉 さ迷える―― ――○―― たった一人の掛けがえのない妹を失った私は大なる骨肉の愛情の力と或る動機によって一変する人間の感じと云うものの不思議さを・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・しかし我々の前の十年は、汽車、汽船、電信、電話、特に自動車の発達によって、我々の生活をほとんど一変した。飛行機、潜航艇等が戦術の上に著しい変化をもたらしたのもわずかこの十年以来のことである。その他百千の新発明、新機運。それが未曾有の素早さで・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫