・・・ 琉球のある女のひとがくれた一対の小さい岱赭色の土製の唐獅子が、紺色の硯屏の前においてある。この唐獅子は、その女のひととつき合のある幾軒もの家にあるのだろうと思うが、牡の方はその口をわんぐりと開いていることで見わけるのだそうだ。ところが・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・部落のほかの男たちは、そこに一対の弓矢がかけられている間は、その持主に良人の位置を認めるわけである。 獣の巣ごもりに近いそういう男女の結合の形でも、やはり人間には互の好きさが大きい役割をもっていた。その弓矢をもった男と、小舎の女とは、互・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・ 大観門の左右にあった、高さ凡そ二尺二三寸の下馬じるしを意味する一対の石の浮彫も目に遺った。この門の前、石欄のところに、慈航燈が在る。高く櫓形に石を組みあげた上に、四本の支えで燈籠形の頂がつけられて居る。恐らく昔、唐船入津の時節、或は毎・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・人類は初め男女共分れていない一対の者であったが、それが或る時男と女とに分れてこの世に生れなければならない廻り合せになった。それだから男も女も互いに本当の自分の半身を見つけ出そうとして、完全な愛を求めて果もなく彷徨う悲しい宿命がそこから生じて・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ この一対は二月、私の誕生日に、友達である彼女が雨の降る中、買って来てくれたものだ。そう思えばこのまま放してしまうのは、また違った意味で寂しい。彼女が、さっきからああやって立ったまま根気よく、恐らく決して無い文鳥の万ガ一は期待し難い。・・・ 宮本百合子 「春」
・・・彼はかつて自分に手足があった時、その若々しい手足の働きで全うして来た自分の任務、その手足がなくなった後は、一対の輝かしい眼によって為し遂げて来たこと、その眼が奪われた後には、彼の強い頭脳と意志とによってなし得ること――「かつてあったことを文・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・こうなると、彼等は教師でも生徒でもなく、一対の男女として批判すべき位置になると思います。教師であり、学生であったというのは過去の一因縁で、互が最も屡々接近する機会を与えた偶然な一つの社会的関係と見られます。要点は、彼等の恋愛に対する態度にあ・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・お前の勉強する場所がいるなら拵えてやるよと云ってもくれたが、出入りにそこが不便なばかりでなく、仲よい父娘の一方は妻に先立たれ、一方は良人と引離されている、その一対がそんな海辺の小家で睦じく生活する日々の美しさなどというものは、或る状態の気分・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・しかし、彼女たちといえども一対の大きな乳房をもっていた。病舎の燈火が一斉に消えて、彼女たちの就寝の時間が来ると、彼女らはその厳格な白い衣を脱ぎ捨て、化粧をすませ、腰に色づいた帯を巻きつけ、いつの間にかしなやかな寝巻姿の娘になった。だが娘にな・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫