・・・だから何も旧弊だからって、一概には莫迦に出来ない。』その中に上げ汐の川面が、急に闇を加えたのに驚いて、ふとあたりを見まわすと、いつの間にか我々を乗せた猪牙舟は、一段と櫓の音を早めながら、今ではもう両国橋を後にして、夜目にも黒い首尾の松の前へ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「そうまあ一概にはいうもんでないぞい」「一概にいったが何条悪いだ。去ね。去ねべし」「そういえど広岡さん……」「汝ゃ拳固こと喰らいていがか」 女を待ちうけている仁右衛門にとっては、この邪魔者の長居しているのがいまいましいの・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「だって、何ぼ今の代世界だって、阿母さんのようにそう一概に言ったものでもありませんよ。随分また縹致や気立てに惚れた縁組も、世間にないとは限りませんもの。阿母さんのように言ってしまった日には、まるで男女の情間なんてものはなさそうですけど、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・しかし現実の恋愛は実に多様な場合があり、陥りやすき人間の弱点があり、社会的不備から生ずる同情すべき散文的側面があり、必ずしも一概にはいえないさまざまの事情があるものである。 ことに私の上来のいましめはイデアリストに現実的心得を説くよりも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・移り気も一概には退けられない。不義する位のものは、何処かに人の心を引く可懐みもある。ああいうおせんのような女をよく面倒見て、気長に注意を怠らないようにしてやれば、年をとるに随って、存外好い主婦と成ったかも知れない。多情も熟すれば美しい。・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・信州と云っても国が広いから一概には云われないであろうが、ただちょっとそんな気がしたのであった。 宿の本館に基督教信者の団体が百人ほど泊っていた。朝夕に讃美歌の合唱が聞こえて、それがこうした山間の静寂な天地で聞くと一層美しく清らかなも・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・日本の絵画の年々進歩するのは争うべからざる事実ではあるが、その原因を某氏のように一概に文部省の展覧会に帰するのは間違っているように思われる。果して日本の画家があの位の刺激に挑撥されて人工的に向上したとすれば、彼らは文部省の御蔭で腕が上がると・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・また発達しても然るべきような時期に到着するのであります。一概に唯インデペンデントであるということを主張するのではないのであります。 けれども近来の傾向を見て、世の中の調子を見て、大体はインデペンデントに賛成である。今日の状況を以て学校の・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・と女とが、ともに助け合って生きてゆく結合の形として、家庭というものをいまだに長火鉢中心の古い型にあてはめて不自由に、消極的に考えている不幸な男のひとたちでも、以上のような意味ですすめられる女の仕事を、一概にけなすことは不可能でありましょう。・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・法 したが世の中はその方が良い事が多うござってのう、一概には得申されぬもので……王 おお、わしが気がつかなんだが御事の御出でやった事には幾重に礼事を申さねばならぬ事らしいのう。法 否、わしは母御の頭から生れたものと見え申し・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫