・・・ と視ると頭の上は薄暗い空の一角。大きな星一ツに小さいのが三ツ四ツきらきらとして、周囲には何か黒いものが矗々と立っている。これは即ち山査子の灌木。俺は灌木の中に居るのだ。さてこそ置去り…… と思うと、慄然として、頭髪が弥竪ったよ。し・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・林の一角、直線に断たれてその間から広い野が見える、野良一面、糸遊上騰して永くは見つめていられない。 自分らは汗をふきながら、大空を仰いだり、林の奥をのぞいたり、天ぎわの空、林に接するあたりを眺めたりして堤の上を喘ぎ喘ぎ辿ってゆく。苦しい・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・われと他と何の相違があるか、みなこれこの生を天の一方地の一角に享けて悠々たる行路をたどり、相携えて無窮の天に帰る者ではないか、というような感が心の底から起こって来てわれ知らず涙が頬をつたうことがある。その時は実に我もなければ他もない、ただた・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ 彼等は空に向って、たまをぶっぱなしたあの一角から、逃げのびた者だった。――その中には馬を焼かれたウォルコフもまじっていた。 そこらへんの山は、パルチザンにとって、自分の手のようによく知りぬいているところだった。 村を焼き討ちさ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・これはこの源三が優しい性質の一角と云おうか、いやこれがこの源三の本来の美しい性質で、いかなる人をも頼むまいというようなのはかえって源三が性質の中のある一角が、境遇のために激せられて他の部よりも比較的に発展したものであろうか。 お浪は今明・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・その一角には、地震でこわれかけた家々が、いる人もなく立ちのこっています。その家々へ火がついたら、すぐに病院へもえうつるわけです。婦人はそれを考えて、そこらへにげて来ている人たちをはげまし、綱なぞをあつめて来て、それでもって、みんなと一しょに・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・校の校長として、あちこち転任になり、家族も共について歩いて、亡父が仙台の某中学校の校長になって三年目に病歿したので、津島は老母の里心を察し、亡父の遺産のほとんど全部を気前よく投じて、現在のこの武蔵野の一角に、八畳、六畳、四畳半、三畳の新築の・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・それが日比谷公園の一角に、英国より寄贈されたものだという説明の札をつけて植えてある「花水木」というのと少なくも花だけはよく似ているようである。しかし植物図鑑で捜してみるとこれは「やまぼうし」一名「やまぐわ」というものに相当するらしい。 ・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・すると平凡な一室が突然テヘランの町の一角に飛んで行く。こういう効果はおそらく音響によってのみ得られるべきものである。探偵が来て「可能的悪漢」と話していると、隣室から土人娘の子守歌が聞こえる。それに探偵が聞き耳を立てるところに一編の山がある。・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 自分の幼時のそういう夢のような記憶の断片の中に、明治十八年ごろの東京の銀座のある冬の夜の一角が映し出される。 その映画の断片によると、当時八歳の自分は両親に連れられて新富座の芝居を見に行ったことになっている。それより前に、田舎で母・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫