・・・ 自分の幼時のそういう夢のような記憶の断片の中に、明治十八年ごろの東京の銀座のある冬の夜の一角が映し出される。 その映画の断片によると、当時八歳の自分は両親に連れられて新富座の芝居を見に行ったことになっている。それより前に、田舎で母・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
一 稲妻 晴れた夜、地平線上の空が光るのをいう。ドイツではこれを Wetterleuchten という。虚子の句に「一角に稲妻光る星月夜」とある。『説文』に曰く電は陰陽の激曜するな・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・ 又、腹の中では舌を出しながら、歓心を得ようが為許りに丁寧にし、コンベンショナルな礼を守り、一廉の紳士らしく装う男子に祭りあげられるのは、女性として如何に恥ずべきことか、と云うことも知っています。正当以上――過度に、尊敬、優遇されること・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・と頭を振ったり何かしていきりたつので、笑ってすんでしまいはしたけれ共、あんなじゃあきっと銀行でも毛虫あつかいにされて居るのだろうと思うと、旦那様、お父さんと一角尊がって居る家の者達が気の毒な様にもなったりした。 極く明けっ放しな・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・だって、プロ文士と云ったって、所謂社会主義だって国家主義から共産主義までの間に種々雑多な日和見主義、民主主義がはさまって、何れも顔付だけは一廉何か民衆解放に貢献するみたいに声明してはストライキを売ったりしてるのと同様だ。一口に云えぬ。まして・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・「かかる官府の豹変は平安盛時への復帰とも解釈されるし、また政府の思想的一角が今日、俄かに欧化した」とも云い得るかのようであるが、実際には帝国芸術院が出来ると一緒に忽ち養老院、廃兵院という下馬評が常識のために根をすえてしまった。「新日本文化の・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
・・・まさかお父う様だって、草昧の世に一国民の造った神話を、そのまま歴史だと信じてはいられまいが、うかと神話が歴史でないと云うことを言明しては、人生の重大な物の一角が崩れ始めて、船底の穴から水の這入るように物質的思想が這入って来て、船を沈没させず・・・ 森鴎外 「かのように」
東京化学製造所は盛に新聞で攻撃せられながら、兎に角一廉の大工場になった。 攻撃は職工の賃銀問題である。賃銀は上げて遣れば好い。しかしどこまでも上げて遣るというわけには行かない。そんならその度合はどうして極まるか。職工の・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
壱 小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣って、暫くおもちゃにしていて、と・・・ 森鴎外 「独身」
・・・そうしてそこには、確かに、我々の心の一角に触れる淡い情趣が生かされている。すなわち牧歌的とも名づくべき、子守歌を聞く小児の心のような、憧憬と哀愁とに充ちた、清らかな情趣である。氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫