・・・本所七不思議の一つに当る狸の莫迦囃子と云うものはこの藪の中から聞えるらしい。少くとも保吉は誰に聞いたのか、狸の莫迦囃子の聞えるのは勿論、おいてき堀や片葉の葭も御竹倉にあるものと確信していた。が、今はこの気味の悪い藪も狸などはどこかへ逐い払っ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 三三 七不思議 そのころはどの家もランプだった。したがってどの町も薄暗かった。こういう町は明治とは言い条、まだ「本所の七不思議」とは全然縁のないわけではなかった。現に僕は夜学の帰りに元町通りを歩きながら、お竹倉の藪・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 本所ならば七不思議の一ツに数えよう、月夜の題目船、一人船頭。界隈の人々はそもいかんの感を起す。苫家、伏家に灯の影も漏れない夜はさこそ、朝々の煙も細くかの柳を手向けられた墓のごとき屋根の下には、子なき親、夫なき妻、乳のない嬰児、盲目の媼・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ヤスベエねえちゃんの、一高七不思議の一つ、「開かずの扉」には、もう、みんな、きゃあ、きゃあ。ドロンドロン式でなく、心理的なので、面白い。あんまり騒いだので、いま食べたばかりなのに、もうペコになってしまった。さっそくアンパン夫人から、キャラメ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・合に肘を張って、団扇を使いながら私に聞かせて下さったのですが、私は、すぐに退屈して、わざと大袈裟にあくびをしたら、祖父は、ちらとそれを横目で見て、急に語調を変えて、原敬は面白くなし、よし、それでは牛込七不思議、昔な、などと声をひそめて語り出・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
出典:青空文庫