・・・どっちも七五調じゃないか。B それは極めて稀な例だ。A 昔の人は五七調や七五調でばかり物を言っていたと思うのか。莫迦。B これでも賢いぜ。A とはいうものの、五と七がだんだん乱れて来てるのは事実だね。五が六に延び、七が八に延・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ と楓が追いつくと、さすがに風流男の気取りを、佐助はいち早く取り戻して、怪しげな七五調まじりに、「楓どの、佐助は信州にかくれもなきたわけ者。天下無類の愚か者。それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・という詩だけは、七五調の古い新体詩の形に束縛されつゝもさすがに肉親に関係することであるだけ、真情があふれている。旅順の城はほろぶともほろびずとても何事か君知るべきやあきびとの家のおきてになかりけり君死にたまふ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ 五七五調は、肉体化さえされて居る。歩きながら口ずさんでいるセンテンス、ふと気づいて指折り数えてみると、きっと、五七五調である。──ハラガヘッテハ、イクサガデキヌ。ちゃんと形がととのって居る。 思索の形式が一元的であること。・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・これらは少しの読み方で七五調に読めば読まれなくはない。 サンスクリトの詩句にも色々の定型があるようであるが、十六綴音を一句とするものの連続が甚だ多いらしい。それを少し我儘な日本流に崩して読むと、十七、十四、十七、十四、とつまり短歌の連続・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・全体が七五調の歌謡体になっているので暗記しやすかった。そのさし絵の木版画に現われた西洋風景はおそらく自分の幼い頭にエキゾチズムの最初の種子を植え付けたものであったらしい。テヘラン、イスパハンといったようないわゆる近東の天地がその時分から自分・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・つつ語句と語句との間に適当な休止を塩梅する際に自然にできあがった口調から発生したものではないかと想像されるのであるが、これについては別の機会に詳説することとして、ここではともかくそうしてできた五七また七五調が古来の日本語に何かしら特に適応す・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 句調は五七五調のほかに時に長句をなし、時に異調をなす、六七五調は五七五調に次ぎて多く用いられたり。花を蹈みし草履も見えて朝寐かな妹が垣根三味線草の花咲きぬ卯月八日死んで生るゝ子は仏閑古鳥かいさゝか白き鳥飛びぬ虫・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・東京帝大の心理学実験室でなされたこの仕事は、題目としては過去において七五調が永年日本人にしたしまれて来たその心理学的根拠をしらべたものであった。私はだんだん読んで行くうちに、非常に感興を覚え、この種の科学的研究は、新しく、そして科学的な社会・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・近松は、この世の義理に苦しみ、社会の制裁に怯える男女の歎きと愛着とを、七五調の極めて情緒的な、感性的な文章で愬えて、当時のあらゆる人の心を魅した。社会の身分の差別はどうあろうとも、偶然の機会から相寄った一組の男女が、自然のままに自分達の感情・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫