・・・あれには樗牛が月夜か何かに、三保の松原の羽衣の松の下へ行って、大いに感慨悲慟するところがあった。あすこを読むと、どうも樗牛は、いい気になって流せる涙を、ふんだんに持ち合わせていたような心もちがする。あるいは持ち合わせていなくっても、文章の上・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・半纏の威勢のいいのでなく、田船を漕ぐお百姓らしい、もっさりとした布子のなりだけれども、船大工かも知れない、カーンカーンと打つ鎚が、一面の湖の北の天なる、雪の山の頂に響いて、その間々に、「これは三保の松原に、伯良と申す漁夫にて候。万里・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・むかし話に漁師伯龍とその妻となった三保の松原の天女の物語があって、それを大正の時代に菊池寛が「羽衣」という短篇に書いた。天女を妻とした漁師伯龍は元来女たらしであったのだが、天女を妻として十日ほどは彼も大満悦であった。天女は美しくて、彼の肉情・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
出典:青空文庫