・・・ちょっとした庭を控えて、庭と桑畑との境の船板塀には、宿の三毛が来てよく昼眠をする。風が吹けば塀外の柳が靡く。二階に客のない時は大広間の真中へ椅子を持出して、三十疊を一人で占領しながら海を見晴らす。右には染谷の岬、左には野井の岬、沖には鴻島が・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ 二匹というのは雌の「三毛」と雄の「たま」とである。三毛は去年の春生まれで、玉のほうは二三か月おそく生まれた。宅へもらわれて来たころはまだほんとうの子猫であったが、わずかな月日の間にもう立派な親猫になってしまった。いつまでも子猫であって・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・一つは三毛でもう一つはきじ毛であった。 単調なわが家の子供らの生活の内ではこれはかなりに重大な事件であったらしい。猫の母子の動静に関するいろいろの報告がしばしば私の耳にも伝えられた。 私の家では自分の物心ついて以来かつて猫を飼った事・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・小さい時分は一家じゅうの寵児である「三毛」の遊戯の相手としての「道化師」として存在の意義を認められていたのが、三毛も玉も年を取って、もうそう活発な遊戯を演ずる事がなくなってからは、彼は全く用のない冗員として取り扱われていた。もちろんそれに不・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
出典:青空文庫