・・・と、これを見つけた二郎さんは、目の色を変えて起ち上がりました。「ばかなちょうだな、飛んでこなければいいのに……。」と、兄の太郎さんは舌打ちをしました。「なにをいってんだい。僕いろいろな虫を採集して標本を造るんじゃないか。」 二郎・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
この度は貞夫に結構なる御品御贈り下されありがたく存じ候、お約束の写真ようよう昨日でき上がり候間二枚さし上げ申し候、内一枚は上田の姉に御届け下されたく候、ご覧のごとくますます肥え太りてもはや祖父様のお手には荷が少々勝ち過ぎる・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・って戦争の夢でも見るかな』と、罪のない若旦那の起ちかかるを止めるように『戦争はまだ永く続きそうでございますかな』と吉次が座興ならぬ口ぶり、軽く受けて続くとも続くともほんとの戦争はこれからなりと起ち上がり『また明日の新聞が楽しみだ、こ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「お上がりなさい」と徳は僕を促した。堤の下で「お乗りなさい」と言ったぎり、彼は舟中僕に一語を交じえなかったから、僕はなんのために徳二郎がここに自分を伴のうたのか少しもわからない、しかし言うままに舟を出た。 もやいをつなぐや、徳二郎も・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・『お上がり』と自分は呼んでなお日記を見ていた。 自分の書斎に入って来たるは小山という青年で、ちょうど自分が佐伯にいた時分と同年輩の画家である、というより画家たらんとて近ごろ熱心に勉強している自分と同郷の者である。彼は常に自分を兄さん・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・一緒に、あの朝、プラットフォームのない停車場から重い背嚢を背負って、やっと列車に這い上がり、イイシへ出かけたのだ。イイシにはメリケン兵がいない。ロシアの娘がまだメリケン兵に穢されていない。それをたのしみにしていた仲間だ。ある時は、赤い貨車の・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 一群は丁度爪先上がりになっていた道を登って、丘の上に立ち留まった。そして目の下に見える低い地面を見下した。そこには軌道が二筋ずつ四つか五つか並べて敷いてある。丁度そこへ町の方からがたがたどうどうと音をさせて列車が這入って来る処である。・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ふくれ上がり、腹や脇腹にはまっかな衝撃の痕を印していたそうである。 マクス・ベーアはサンフランシスコ居住のユダヤ系の肉屋だそうである。この「ユダヤ種」であることと「肉屋」であることに深い意味があるような気がする。 六万の観客中には、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・高角度に写された煙突から朝餉の煙がもくもくと上がり始めると、あちらこちらの窓が明いて、晴れやかな娘の顔なども見える。屋上ではせんたく物を朝風に翻すおかみさんたちの群れもある。これらの画像の連続の間に、町の雑音の音楽はアクセレランドー、クレッ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・その温度が上がりつつあるか下がりつつあるか、いかなる速度で上がりまた下がりつつあるか、その速度が恒同であるか、変化しているとすればどう変化しているか、そういう変化の時間的割合いかんによって感覚は多種多様になるであろう、それでもしも温度に関す・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫