・・・ 日本人の先祖がどこに生まれどこから渡って来たかは別問題として、有史以来二千有余年この土地に土着してしまった日本人がたとえいかなる遺伝的記憶をもっているとしても、その上層を大部分掩蔽するだけの経験の収穫をこの日本の環境から受け取り、それ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・それは二つのものを連結する糸が常識的論理的な意識の上層を通過しているか、あるいは古典の中のある插話で結ばれているか、あるいはまた、潜在意識の暗やみの中でつながっているかによって取り合わせの結果は全く別なものとなる。蕉門俳諧の方法の特徴は全く・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ ある日二階の縁側に立って南から西の空に浮かぶ雲をながめていた。上層の風は西から東へ流れているらしく、それが地形の影響を受けて上方に吹きあがる所には雲ができてそこに固定しへばりついているらしかった。磁石とコンパスでこれらの雲のおおよその・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ その後、時々P教室の自分の部屋をたずねて来て、当時自分の研究していた地磁気の急激な変化と、B教授の研究していた大気上層における荷電粒子の運動との関係についていろいろ話し合ったのであったが、何度も会っているうちに、B教授のどことなくひど・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・直接五感に触れる万象をことごとく偶然と考えないとすれば、経験が蓄積するにつれて概括抽象が行われ箇々の方則を生じ、これらの方則が蓄積すれば更に一段上層の概括が起る。そうなればもはや人間というものは宇宙の片隅に忘れられてしまって、少数の観念と方・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・次に太陽や燈火の光が海中に入り込む程度は漁業上重要な問題であるが、これを要するに光学上の問題に帰着する。上層と下層における魚類の色を自然淘汰によって説明した動物学者があるが、その基礎とするところは海中における光の吸収の研究である。また海岸の・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・もし、ほんの表面の薄い層だけ湿るようなやり方をしていると、芝の根がついつい欺されて甘やかされて、浅い上層だけに発達して来る。そうして大旱に逢った時に、深層の水分を取ることが出来なくなって、枯死してしまう。 少し唐突な話ではあるが、これと・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・この時代にあって、社会の上層に立っていたものは官吏である。官吏の中その勲功を誇っていたものは薩長の士族である。薩長の士族に随従することを屑しとしなかったものは、悉く失意の淵に沈んだ。失意の人々の中には董狐の筆を振って縲紲の辱に会うものもあり・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・だからして記憶の最高度はもっとも明暸なる上層の意識で、その最低度はもっとも不明暸なる下層の意識に過ぎんのであります。 すると意識の連続は是非共記憶を含んでおらねばならず、記憶というと是非共時間を含んで来なければならなくなります。からして・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・たしかメレヂコフスキイだかが言つたやうに、ニイチェの読者は、インテリの中での最上層に生活して居る読者である。ところで、日本のインテリは、欧羅巴のそれに比して一般に程度が低く、知識人としての下層に居る。単にそればかりでなく、日本の詩人や文学者・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫